カフェラテの日記『技術者と技術者のあいだ』
visibility40 edit2025.10.15
私はゴリゴリの理系人間です🔬
休職前も技術職として働いていました。
新技術開発に携わっていました。
そこでの日々は、かなりハードで…。
度重なる仕様変更、試作日程が決まれば短納期。
社内政治みたいなものも強く絡み、様々な人たちの意見に翻弄される日々。
頼ってもいい先輩が周りにほとんどいなくて孤立状態。
勤続年数の経過とともに、私の心はどんどん削られていきました。
休職の直前は、もうほとんどゾンビのような状態だったと思います。
会社に行けなくなってもおかしくなかった。
でも偶然主人の転勤の関係で、会社を休職することができたんです。
休職期間を過ごす中で感じたこと。
私はずっと、「自分が弱いせいだ」と思い込んでいました。
でも、あの環境では「誰もが疲弊していたんだ」とふと気がついたのです。
私は、「どうして先輩は見て見ぬふりをするんだろう?」と思っていました。
そんな風に思う自分のことを、「他力本願の甘えたちゃん」だと感じていました。
でも、皆が疲弊していたとしたら?
思い当たる節は、いくつも浮かぶんです。
自分が抱えている仕事でいっぱいいっぱいだったのは、私だけではなかったんです。
「もしあのとき、あの人が、あんな風に声をかけてくれたら…」
もう少し私の苦しみは、軽くなっていたかもしれません。
でも皆が皆、相手が欲しい言葉を察して声がけできるわけではありません。
言葉が不器用であったり、立場上よく考えてから発言しないといけなかったりします。
私は、自分のことをムードメーカーだとは到底思えません。
場をぱっと明るくするようなことはできないし、ポジティブな発言でまわりを気遣えるような力量もありません。
でも私は、人と人との間に流れる空気の変化にとても敏感です。
人でもモノでも観察するのが得意です。
そしてココトモでは、人を思いやったり、寄り添うことが以前よりもできるようになりました。
言語化も、多少得意になったと思います。
「技術者の間に流れる空気をよくすること」
これが私の今のやりたいことです。
私なら、できる気がしたんです。
そして、やらなくてはならないことな気がします。
自分自身が働きやすくなるために。
まわりの人たちも働きやすくなるために。
人と人がいれば、あいだができて、そのあいだには無限に仕事があるような気がします。
私はやっと、自分ができそうで、自分に合っていて、まわりからも必要とされそうな仕事を見つけることができたかもしれません。
仕事の適性診断のたびに「カウンセラーや教育者が向いている」と出てきて、進路を誤ったのではないかと悩んでいたかつての私へ。
資格や肩書きがなくてもできる仕事は、実は自分の身近にあったんだよ。
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