猫になりたかった。の日記『猫になりたい毎日。#23』

論理国語(現代文)の授業で『「する」価値「である」価値』という文章を学んでいる。
内容としては、現代では「する」ことが普及し、価値として重点を置かれているが、昔は「である」という価値が基準であった。
「王政」というものがある。古の時代は「王権神授説」に基づき、王の支配のもと、政治が行われるというものが主流であった。簡単に言えば「王は王であるから偉い」ということである。現代はどうだろうか、日本には「総理大臣」が政治を担っている。これは「総理大臣であるから偉い」ではなく、「国民のためにどれだけの成果を上げてきたか」ということに基づき、国民から選ばれている。
かの有名なハムレットには”to be or not to be “というセリフがある。これは過去の思想であり、現代で重視されているのは、”to do or not to do “であると言った方が端的だろうか。
文中では、現代はあまりにも”to do “が普及してしまったが故に、本質を忘れてしまっているのではないかという、嘆きについても言及していた。そして、「こうなりたい」というものがない中、「こうする」というのはどうかということについても筆者は語っていた。筆者曰く、元来「教養」とは、”to be”であったと語る。
自らについて考え、自らと社会の距離を測ること。これが教養であった、と。
何が言いたいか自分でもさっぱりだが、今私がやっているのは”to be”すなわち、自身と社会との距離を擦り合わせている段階であり、ここから、”to do”すなはち、社会の中でどうありたいかを考えることにシフトしていかなくてはならないということである。こうやって意味のわからない文章を書きながら、自分を見つめ直しているが、これには意味があるのだろうか。

star今日よかったこと♪

・ココトモで日記を書いた
・英語の面談をした
・推しのパロディイラストめっちゃ上手く書けた

favorite読んでくれた人へのメッセージ

こんにちは、こんばんは。初めましての方は、初めまして。猫になりたかった。と言います。
全く意味のわかららない長文を書いてしまいすみませんでした。書くことが特になかったんです。ごめんなさい。
読んでくださった方、ありがとうございました。

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