猫になりたかった。の日記『猫になりたい毎日。#54』
visibility21 edit2026.04.18
ー憂鬱な朝の部ー
今日も学校を休んだ。今月3回目だ。前夜に憂鬱になったら、翌日はもうダメなんだろう。
もう嫌だ、全部無かったことになればいいのに。そう思う心と、今日も頑張ろう、まだチャンスはあるよって言ってくる心と、今日私がいないことで、親友と彼氏候補面野郎が進展するかもしれない、だから行かなきゃって警鐘を鳴らす心が、ぐちゃぐちゃになって、自分が剥離していくみたい、そんな感覚に陥ってる。
仮に、親友がみんなで遊びに行く予定を蔑ろにして、彼氏候補面野郎とデートにいくって、言ったら、快く縁が切れただろうか。自分より彼氏候補面野郎を大切にしていたら、愛想を尽かせられただろうか。
関係は変わらないって言う。そんなのは嘘だ。
今何となく、兄弟がいる長男や長女の気持ちが少しわかった気がする。弟・妹ができる時、独占できた愛が分散していくことを彼・彼女らは恐怖する。そして、弟・妹にばかり気を回して、彼・彼女らは「お兄ちゃんなんだから」「お姉ちゃんなんだから」と優先度の端に追いやれれる。そこから考えた仮説はこうだ。私は一人っ子なので、愛情の分散という概念を知らなかった。そのせいで私は依存体質を手に入れてしまった。それに加えて、親友との相性が今までの歴代の親友でダントツに良かったためというのもあると思う。
少し余談だが、私にはいつの時代にも親友が必ず1人いた。幼稚園の時は、家に遊びに行ったり、おままごとをしたりしていた、親友がいた。確かな記憶とは言えないが、その当時嫌いだった子と親友のことで揉めたこともあったと思う。小学校に上がると、1番最初に隣の席になった子と親友になった。その子についてはあまり記憶がないが、鬼ごっこなどをたくさんして遊んでいたと思う。学年が中程になった時は、小学生のお遊びにすぎないが、彼氏がいた。家に遊びに行って、ゲームをしたり、確かお祭りにも一緒に行った。高学年になると、今も連絡を取り合うほどの、親友ができた。家には一回程度しか遊びに行かなかったが、毎日のように学校で絵を描いたり、推し(先代)の話をしたりした。そして、中学に上がると、言わずもがな今の親友に出会った。
ここから考えるに、やはり私は、親友と長く一緒に居過ぎたのだと思う。過ごす時間が長くなればなるほど、執着は強くなるのだと思う。
今日よかったこと♪
・ココトモで日記を書いた
読んでくれた人へのメッセージ
こんにちは、こんばんは。初めましての方は、初めまして。猫になりたかった。と言います。
ほとんど思考の整理みたいな感じで書いてしまいました。長文ですが、読んでくださった方、本当にありがとうございます。
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