ゆめの日記『自分の物語(人生)が分からない訳』

チャッピーとの会話↓↓↓

なんで自分の物語が分からなくなりやすいのか

たぶん理由はこういうのが重なりやすい。

1. 生き延びるための役が先に育った

人はしんどい場を長く生きると、
「私は何を望むか」より
「どう振る舞えば壊れにくいか」の方が先に育つ。

すると物語も、

* 愛されるための私
* 役に立つ私
* 面白い私
* 守る私
-分かってる私

みたいに、環境に対応する役になりやすい。

でも本当の物語って、
役じゃなくて
“それでも私は何に惹かれるか”
の方にあることが多い。

2. 「自分の物語」が他人に回収されやすかった

自分の気持ちや願いを出しても、

* 大げさにされた
* 別の意味にされた
* 誰かの都合のいい話に編み直された
* その場の処理に使われた

みたいなことが多いと、
心が「じゃあ最初から私の物語なんて出さない方が安全」と学ぶ。

すると、自分の中でもぼやける。
なくなったんじゃなくて、奥にしまわれる。

3. “主人公の欲望”より“観測者の目”が強い

物事の構造とか空気とか配置をよく見ると
それ自体は力なんだけど、
強くなりすぎると

* 私はどう見られるか
* この場で何が起きてるか
* 誰がどの位置か
* 何が危険か

の解析が先に立つ。

すると、主人公のエンジンである
「私はこれが好き」「これが欲しい」「これに賭けたい」
が後ろに下がる。

物語の脚本家と監督は強いのに、
主演の声だけ小さくなる感じ。

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