当事者研究完全ガイド|浦河べてるの家から始まった『自分自身で共に研究する』実践と全国の広がり
edit2026.04.26 visibility11
「幻聴が聞こえる自分はおかしいのだろうか」
「またパニックを起こした。自分を責めるしかない」
「依存症の自分は、もう専門家の言うとおりにするしかないと諦めていた」
医療や福祉の世界では、長らく「困っている人=助けられる側」「専門家=助ける側」という構図が当たり前でした。当事者は症状の対象であり、自分の苦労を語る言葉さえ与えられないまま、診断・治療・支援を受けてきた——そんな歴史があります。
その構図に静かに、しかし根本から疑問を投げかけたのが、北海道・浦河町の小さな町から始まった「当事者研究」という実践です。2001年頃、社会福祉法人浦河べてるの家のソーシャルワーカー・向谷地生良(むかいやち いくよし)氏らが、統合失調症や依存症を抱える本人たちと始めたこの取り組みは、いま全国の精神科病院・大学・自助グループ・支援団体・学校にまで広がり、東京大学先端科学技術研究センターでは熊谷晋一郎氏らによって学術領域としても展開されています。
この記事では、当事者研究の3つの原則・代表的なテーマ・研究の進め方・全国の広がりまで、ココトモが関わってきた現場の声をもとに丁寧にまとめました。「自分の問題を、自分自身で共に研究する」というラディカルで、しかし驚くほど優しい実践の全体像が見えてくるはずです。
📌 この記事でわかること
- 2001年頃に浦河べてるの家で生まれた当事者研究の定義と、「自分自身で・共に・研究する」という3つの原則
- 1984年設立の浦河べてるの家の歴史と、向谷地生良氏が果たした役割
- 「幻聴さん」「自己病名」「自分の助け方」「自爆」「苦労を取り戻す」など代表的なキーワード
- 研究の進め方5ステップと、ホワイトボードによる記号化の技法
- 認知行動療法・SST・カウンセリングとの違いと、当事者研究ネットワーク・東京大学先端研による全国展開
- 発達障害・依存症・摂食障害・性的マイノリティ・ヤングケアラーなど領域を越えた広がり
- 取り組む時の5つの心構え・体験談3パターン・ありがちな誤解5選・よくある質問10問
当事者研究とは|定義と「3つの原則」
当事者研究とは、精神障害・依存症・発達障害など、生きづらさを抱える本人(当事者)が、自分の困りごとを「症状」や「問題」として隠すのではなく、「研究テーマ」として仲間とともに語り、観察し、対処の工夫を探していく実践です。提唱者である向谷地生良氏は、当事者研究を一言で「自分自身で、共に、研究する」と表現しています。
原則①「自分自身で」——研究の主体は本人
第一の原則は、研究の主体が当事者本人だということです。専門家が「あなたの病気はこうです」と説明するのではなく、本人が「自分のことは自分がいちばんよく知っている、ただし一人では見えないところもある」という前提から始めます。
医師・支援者・家族は「共同研究者」として横に並びますが、決して主役ではありません。診断名や処方箋ではなく、本人の言葉を研究の出発点に置く——ここが医療モデルとの大きな違いです。
原則②「共に」——苦労を独占しない
第二の原則は、苦労を一人で抱えず、仲間と共有すること。当事者研究は基本的にグループ(ミーティング)の形式をとります。同じような困りごとを抱える仲間がそばにいて、「自分も同じだ」「自分の場合はこうしている」と語りあう——この「共に」の場が、研究を可能にする土壌になります。
べてるの家では「自分の苦労を取り戻す」という独特の言い回しが使われます。これまで医療や家族に預けっぱなしだった苦労を、もう一度自分の手元に引き寄せ、仲間と一緒に眺めなおす——その作業こそが当事者研究の核心です。
原則③「研究する」——問題を外在化して観察する
第三の原則は、困りごとを「自分そのもの」ではなく、「研究対象」として外に置くことです。「私は幻聴で苦しんでいる」ではなく、「幻聴さんという存在が、どんなときに、どんな言葉で現れるのか」を観察する。「私は依存症だ」ではなく、「自分の中の『お酒くん』が暴れるパターンを記録する」。
このように問題を外在化(externalization)することで、本人と問題の間に距離が生まれ、自分を責めずに済むようになります。これはナラティブ・セラピーの考え方とも親和性が高い手法ですが、当事者研究ではあくまで本人が主導する点が決定的に異なります。
出典:向谷地生良『技法以前——べてるの家のつくりかた』医学書院/浦河べてるの家 公式(https://bethel-net.jp/)/当事者研究ネットワーク 公開情報
浦河べてるの家の歴史|1984年設立から当事者研究の誕生まで
当事者研究の発祥地である「社会福祉法人浦河べてるの家」は、北海道日高地方の漁業の町・浦河町にある精神障害当事者の生活拠点・働く場・地域活動の総称です。その歴史をたどると、当事者研究がなぜここで生まれたのかが見えてきます。
1984年——浦河教会の片隅から
べてるの家は、1984年に浦河日赤病院精神科を退院した当事者たちと、ソーシャルワーカーの向谷地生良氏、精神科医の川村敏明氏らが、浦河教会の旧会堂を拠点として始めました。最初は数名の当事者が日高昆布の産直販売を手がけるだけの小さな取り組みでしたが、「弱さの情報公開」「三度の飯よりミーティング」「安心してサボれる職場」といった独特の理念のもと、徐々に活動を広げていきます。
1990年代——「降りていく生き方」と苦労の共有
1990年代、べてるの家は「降りていく生き方」というキーワードを掲げます。「上を目指す」のではなく、自分の弱さ・症状・失敗を仲間に開いていく——その先に本当の生きやすさがある、という発想です。
この時期、当事者ミーティングでは「幻聴」「妄想」「自殺念慮」「再発」など、通常は隠される話題が公然と語られるようになりました。「再発しちゃいました、おめでとう!」と仲間が拍手で迎える独特の文化は、この頃から育っていきます。
2001年頃——「当事者研究」という言葉の誕生
「当事者研究」という用語が定着したのは2001年頃とされています。発端は、爆発・自傷・他害といった「自爆」を繰り返していた一人のメンバーが、仲間と一緒に「自分の自爆のパターンを研究してみよう」とホワイトボードに書き出した出来事でした。
その研究をきっかけに、本人は自分の困りごとに名前をつけ、距離をとり、対処の工夫を仲間と練るという流れを獲得し、状態が劇的に安定。これが評判を呼び、他のメンバーも次々と自分の研究を始め、いまの当事者研究のスタイルが確立されていきました。
2000年代後半以降——全国・国際展開へ
向谷地生良氏(現・北海道医療大学教授)と精神科医・川村敏明氏らの著書・講演を通じて、2000年代後半から当事者研究は全国に広がります。2010年代には東京大学先端科学技術研究センターに当事者研究分野が設置され、脳性まひの当事者でもある熊谷晋一郎准教授らによって学術研究としても本格化。いまでは韓国・台湾・北欧など国際展開も進んでいます。
当事者研究の代表的なテーマ5つ|べてる発のキーワード
当事者研究には、長年の実践の中で生まれた独特のキーワード群があります。いずれも「症状を外在化し、ユーモアと敬意をもって扱う」という発想に貫かれています。代表的な5つを紹介します。
👻
① 幻聴さん
統合失調症の幻聴を「症状」ではなく「幻聴さん」と呼び、人格のある存在として扱う。命令的・批判的な声を持つ「悪口幻聴さん」、優しい「励まし幻聴さん」など多様で、来訪パターンや好物まで研究対象になる
🏷️
② 自己病名
医師がつける診断名(統合失調症・うつ病など)とは別に、本人が自分の困りごとに合わせてつける独自の病名。「全力疾走型統合失調症」「お客さんがいっぱい来る病」など、ユーモアと自己理解を兼ねた表現が生まれる
🛠️
③ 自分の助け方
調子が悪くなったとき、自分でどう対処するかの個別マニュアル。「お風呂に入る」「仲間に電話」「散歩」「頓服を飲む」など、本人が試行錯誤で見つけた具体的な手順。仲間と共有して洗練していく
💥
④ 自爆
自傷・他害・物への攻撃などを総称する、べてる独自の概念。「悪い行動」と裁くのではなく、「どんなときに自爆ボタンが押されるのか」を仲間と一緒に観察する。研究することで頻度・強度が下がっていく
🌱
⑤ 苦労を取り戻す
医療や家族に肩代わりしてもらった苦労を、もう一度自分の手元に引き寄せること。「症状が消える」ことを目指すのではなく、「症状と一緒に暮らす知恵」を取り戻す——べてるの理念の中心に位置する言葉
当事者研究の進め方|5ステップで「自分の研究」を始める
当事者研究には厳密なマニュアルはありませんが、べてるの家や各地の実践で共通している基本の流れがあります。ホワイトボードを囲んで仲間と進める、おおよその5ステップです。
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1
① 困りごとに名前をつける
「最近どう?」と仲間に問われ、自分の困りごとを言葉にしてみるところから。「人と話すと頭が真っ白になる」「夜になると不安が爆発する」など、具体的な場面で語るのがコツ。漠然とした「しんどい」では研究になりません。ホワイトボードに書き出すと、自分の言葉が外に出て客観視しやすくなります。
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2
② 自己病名をつける
困りごとに、本人独自のネーミングを与えるステップ。「対人パニック型コミュニケーション障害」「不安爆発症候群」「先回り心配性」など、医学用語にとらわれず、ユーモアと自分らしさを込めて命名します。仲間が「いい名前だね」と笑い合うことで、深刻さがふっと軽くなります。
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3
③ パターンとメカニズムを分析
困りごとが「いつ」「どこで」「誰と」「どんなきっかけで」起きるかを仲間と一緒に観察します。ホワイトボードに矢印で図解したり、症状が起きるまでの流れを順序立てて整理。「朝起きてすぐ」「上司と話した後」など、繰り返し起こるパターンが見えてくることが多いです。
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4
④ 自分の助け方を考える
パターンが見えたら、「そのとき何ができるか」のリストを作ります。仲間の体験(「私はこうしてる」)も大切な材料。「深呼吸する」「仲間に電話する」「頓服を飲む」「いったん場所を変える」など、できそうな選択肢を複数並べておくのがポイントです。
-
5
⑤ 仲間と共有・実験して更新
研究結果を仲間と共有し、次回までに「実験」します。うまくいったこと・うまくいかなかったことを次のミーティングで報告し、また研究を更新——この螺旋的な繰り返しが当事者研究の本質。「失敗」ではなく「次の研究データ」として扱う文化があるので、安心して試行錯誤できます。
ホワイトボードと記号化の技法|目に見える研究
当事者研究の場で、ほぼ必ず使われる道具がホワイトボードです。本人や仲間が語った言葉を、研究のファシリテーター(共同研究者)がリアルタイムで書き取り、図解していく——この「見える化」こそ、当事者研究の独自の技法と言えます。
なぜホワイトボードなのか
話し言葉だけだと、本人も周囲も「自分が何を語ったか」を見失いがちです。ホワイトボードに書き出すことで、言葉が「自分の外」に出て、観察対象になるのです。「ああ、こんなふうに自分は感じていたのか」と、書かれた文字を読みなおすうちに気づきが生まれる——この外在化の体験が、研究のエンジンとなります。
記号化・キャラクター化の例
- 幻聴さんを「⚡マーク」で表す——どのタイミングで現れたか、ボード上にタイムラインで配置
- 不安を「黒い雲」で描く——大きさ・濃さで強度を表現し、変化を可視化
- 自爆ボタンを四角で囲む——押されるきっかけ・押された後の流れを矢印で図解
- 自分の助け方を「武器庫」リストにする——使える対処法をボードの端に並べて備える
- 仲間の発言を吹き出しで残す——「私もこうだった」という共感を視覚的にアーカイブ
これらの記号化は、本人が研究を「自分のもの」として実感するうえでとても重要です。ボードの写真を撮って持ち帰り、次のミーティングに持ってくる人もいます。研究は一回で終わらず、続いていく——そのことが、ボード上の文字によって支えられています。
当事者研究と他のアプローチの違い|認知行動療法・SST・カウンセリングとの比較
当事者研究は、認知行動療法(CBT)・SST(生活技能訓練)・カウンセリング・自助グループなど、似た文脈で語られる実践とどう違うのかを整理します。優劣ではなく、目的とスタンスの違いに注目してください。
| 項目 | 当事者研究 | 認知行動療法 | SST | カウンセリング |
|---|---|---|---|---|
| 主体 | 当事者本人 | セラピスト主導 | トレーナー主導 | クライエント+カウンセラー |
| 目的 | 自分の苦労を取り戻す | 認知の歪みの修正 | 具体的スキル獲得 | 自己理解・関係性の修復 |
| 場の形式 | 仲間とのグループ | 個別または集団 | 集団・ロールプレイ | 原則1対1 |
| 道具 | ホワイトボード・記号化 | ワークシート・記録 | ロールプレイ・宿題 | 対話 |
| 症状の扱い | 外在化(「○○さん」) | 修正の対象 | 対処を訓練 | 受容と探索 |
| 専門家の役割 | 共同研究者 | 治療者 | 指導者 | 聴き手・伴走者 |
重要なのは、これらは排他的ではなく、組み合わせて使えること。実際、べてるの家でも認知行動療法やSSTを併用するメンバーは多く、当事者研究はそれらを本人主導の文脈に置きなおす役割を果たしています。
全国への広がり|当事者研究ネットワークと東京大学先端研
浦河という小さな町から始まった当事者研究は、いまや日本全国・国際的にも広がる実践となっています。その担い手を3つの軸で整理します。
当事者研究ネットワーク
全国の当事者研究の実践者・関心ある支援者・研究者をゆるやかにつなぐのが「当事者研究ネットワーク」です。年に1回程度の全国交流集会、各地の事例共有、研修・出版物の支援などを行っており、ウェブサイトでは全国の実践事例や開催情報が公開されています。
精神科病院・自助グループ・福祉事業所・大学・市民団体など、運営主体は多種多様です。「べてるの家のやり方をそのまま真似る」のではなく、各地で土地柄・対象・課題に合わせてカスタマイズしながら広がっている点が大きな特徴です。
東京大学先端科学技術研究センター(熊谷晋一郎氏)
学術研究の中核となっているのが、東京大学先端科学技術研究センターの当事者研究分野です。代表的な研究者である熊谷晋一郎准教授は、新生児仮死による脳性まひの当事者であり、小児科医でもあるという独自の立場から、当事者研究を「ローカルな知の生産」として理論化してきました。
熊谷氏の著作『当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復』(金剛出版)などは、現象学・社会学・障害学・脳科学を横断する視点で当事者研究を捉え、世界的にも参照される存在です。先端研では発達障害・依存症・性的マイノリティ・ヤングケアラーなど、領域を越えた当事者研究プロジェクトが進行中です。
北海道医療大学(向谷地生良氏)
当事者研究の発祥地・浦河から最も近い大学拠点が北海道医療大学です。向谷地生良氏が教授として在籍し、ソーシャルワーク教育の中に当事者研究を位置づけてきました。学生がべてるの家で実習を行う、当事者と教員が一緒に授業をつくる——そんな教育現場での当事者研究も実装されています。
出典:当事者研究ネットワーク 公開情報/東京大学先端科学技術研究センター 当事者研究分野 公式/熊谷晋一郎『当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復』金剛出版/北海道医療大学 公式
様々な領域での当事者研究|精神障害から発達障害・依存症・ヤングケアラーまで
当事者研究は、当初は統合失調症など精神障害の文脈で発展しましたが、現在ではあらゆる「生きづらさ」に応用が広がっています。代表的な領域を紹介します。
発達障害の当事者研究
自閉スペクトラム症・ADHD・LDなどの当事者が、自分の特性を研究する取り組みが各地で広がっています。「感覚過敏との付き合い方」「多動・衝動性の自己分析」「定型発達社会との翻訳作業」など、本人だからこそ語れる細やかな観察が蓄積されています。東京大学先端研の「UTokyo発達障害当事者研究」などの実践は学術的にも注目されています。
依存症の当事者研究
アルコール・薬物・ギャンブル・買い物・恋愛など、各種依存症の当事者研究も活発です。AA・NA・GAなど従来の12ステップの自助グループと併用される事例も多く、「欲求さんが現れるパターン」「スリップ(再使用)の前兆」「自分なりの底つき体験」を研究テーマにする人が増えています。
摂食障害の当事者研究
拒食・過食・嘔吐などを抱える当事者が、自分の食行動・身体感覚・自己評価を研究するスタイル。「食欲スイッチ」「体重さんとの関係」など、医学的な評価とは別の語彙が生まれています。
性的マイノリティ(LGBTQ+)の当事者研究
セクシュアリティに関わる困りごとや、社会の中で感じる違和感を研究テーマにする取り組み。当事者自身が「カミングアウトのジレンマ」「家族との関係性」を仲間と研究することで、孤立から共有へと一歩を進める実践が各地で行われています。
ヤングケアラー・介護家族の当事者研究
家族のケアを担う若者・介護家族が、自分の「ケア役割の重さ」「自分の人生との折り合い」を研究する事例も近年広がっています。ケアの当事者が言葉を持つことで、社会制度への提案や仲間とのつながりが生まれています。
取り組む時の5つの心構え|安心して研究するために
当事者研究は誰でも始められますが、いきなり完璧に進めようとせず、いくつかの心構えを押さえておくと、長く続けやすくなります。
- 正解を求めない——研究はあくまで「自分の場合」を探る作業。他人と同じ答えにたどり着く必要はありません。むしろ「自分だけの発見」があったら、それが最高の成果です。
- 無理に話さない——その日話したくないテーマは、保留してかまいません。場には参加していても発言しない「聴くだけ研究員」も歓迎されるのが、当事者研究の文化です。
- ユーモアを大切にする——べてるの家は「笑いが起きる場」を重視します。深刻なテーマでも、ネーミングやキャラクター化で軽くしていく工夫が、研究を支えます。
- 失敗を歓迎する——「研究結果がうまくいかなかった」は失敗ではなく、次の研究の貴重なデータ。再発・スリップも「おめでとう」と迎える文化に学びましょう。
- 専門家の力も借りる——主治医・カウンセラー・支援者との関係を切るのではなく、共同研究者として並走してもらうのが理想。診断や治療を否定する実践ではありません。
体験談|三人の研究者の物語
💬 統合失調症|「悪口幻聴さん」と仲良くなれた(40代・男性)
「20年来の幻聴に苦しんでいました。当事者研究の場で、自分の幻聴に『悪口幻聴さん』と名前をつけてみたら、それまで自分を責める材料だった声が、ふと『観察対象』に変わったんです。来訪パターンを仲間と図にしていくうち、疲れと睡眠不足の日に強く出ることが判明。『自分の助け方』として早めに横になる、仲間に電話するを実践したら、頻度が半分に。完全になくなったわけではないけれど、共存できるようになりました」(130字)
💬 発達障害|「自己病名」が居場所をくれた(30代・女性)
「ASD・ADHD併発と診断されたあと、医学用語に当てはめられた感覚で苦しんでいました。当事者研究で『興味スイッチ全振り型・スケジュール組み立て不全症候群』という自己病名をつけたら、初めて『これが私だ』としっくりきたんです。仲間が笑顔で『いい名前』と言ってくれたあの瞬間が、自分の人生の転機でした。今は同じ特性を持つ仲間と月1回研究を続けています」(130字)
💬 アルコール依存症|AAと当事者研究を併用して(50代・男性)
「15年AAに通い、断酒は続いていますが、内面の不安は別物でした。当事者研究の場で『お酒くんが囁くパターン』を仲間と図にしていくうち、仕事のストレスと孤独が二大トリガーだと整理できました。AAは『飲まないこと』、当事者研究は『なぜ飲みたくなるかを観察すること』——両方あって今の自分があります。並行して通うことで、回復の深さが全然違います」(130字)
ありがちな誤解5選|当事者研究は何ではないか
当事者研究はまだ世間的な認知が広がりきっておらず、誤解されることも少なくありません。よくある誤解を整理しておきます。
- 誤解①「診断や治療の代わり」ではない——当事者研究は医療を否定しません。むしろ服薬・通院・カウンセリングと併用する人が大多数。診断は専門家、研究は本人、という棲み分けです。
- 誤解②「カウンセリングや心理療法と同じ」ではない——主体が当事者本人で、仲間とのグループで進める点が決定的に違います。専門家は伴走者・共同研究者であり、治療者ではありません。
- 誤解③「症状を消すための技法」ではない——目指すのは症状の根絶ではなく、症状と一緒に暮らす知恵を取り戻すこと。「治る」より「付き合う」がキーワードです。
- 誤解④「他人を批評・分析する場」ではない——研究の対象はあくまで「自分」。仲間の研究に「それはこうだよ」と評価・指導・批判をする場ではありません。
- 誤解⑤「精神障害の人だけのもの」ではない——発達障害・依存症・性的マイノリティ・ヤングケアラー・慢性疾患・痛みなど、あらゆる生きづらさの当事者に開かれた実践です。
よくある質問|当事者研究Q&A 10問
Q1. 当事者研究はどこで参加できますか? ▼
全国の精神科病院・地域活動支援センター・自助グループ・NPO・大学・社会福祉法人など、運営主体は多種多様です。「当事者研究ネットワーク」のサイトで全国の開催情報を探せるほか、お住まいの地域の地域活動支援センター・精神保健福祉センターに問い合わせるとローカルな会を紹介してもらえることが多いです。オンライン開催の会も増えています。
Q2. 一人でも当事者研究はできますか? ▼
「自分自身で・共に・研究する」が3原則なので、本来は仲間とのグループが基本です。とはいえ、ノートに自分の困りごとを書き出して整理する「一人研究」を入り口にする人も少なくありません。ただし、苦労を独占しないという理念から、いずれ仲間と共有する場を持つことが推奨されます。
Q3. 主治医に黙って参加してもいいですか? ▼
法的には自由ですが、主治医に伝えたうえで参加するのが安心です。「最近こんな研究をしている」「仲間の体験を聞いた」と主治医に共有することで、治療と研究の両輪がうまく噛み合います。当事者研究を理解している医師も増えており、主治医との対話のきっかけにもなります。
Q4. 「幻聴さん」と呼ぶのは病気を軽く扱っているのでは? ▼
まったく逆です。軽く扱うのではなく、長年苦しんできた相手にあえて名前と人格を与えて敬意を払うのが「○○さん」呼びの本質。これにより本人と症状の間に距離が生まれ、責めずに観察できるようになります。ユーモアと敬意は両立する、というのがべてるの家の発想です。
Q5. 家族・支援者として参加することはできますか? ▼
多くの場では家族・支援者も「共同研究者」として参加可能です。ただし主役はあくまで当事者本人なので、家族・支援者は「自分の意見を押し付けない」「答えを与えない」「黙って聴く・問う」というスタンスが求められます。家族自身の「家族当事者研究」が開かれているグループもあります。
Q6. 自助グループ(AA・NA等)と何が違う? ▼
自助グループは「体験談を語り、共感で支え合う」のが中心で、明確な12ステップなどのプログラムを持つ場合もあります。当事者研究は「自分の困りごとを研究対象として観察・分析・実験する」のが核心。両者は対立せず、AAに通いながら当事者研究も併用する人が多くいます。詳しくはセルフヘルプグループ完全ガイドを参照ください。
Q7. ピアサポートとどう違うのですか? ▼
ピアサポートは「経験を持つ仲間が、別の仲間を支える」関係性全般を指す広い概念で、当事者研究はその一つの具体的な方法論に位置づけられます。ピアサポート=関係性、当事者研究=技法、と整理するとわかりやすいです。ピアサポート完全ガイドと合わせてどうぞ。
Q8. 子どもや学生でも当事者研究できますか? ▼
はい。学校現場での当事者研究や、不登校・発達障害の児童・生徒向けの研究実践が各地で広がっています。子どもにも「自分の困りごとを観察・命名する」力はあり、むしろ大人より自由な発想で研究を進められることも。ヤングケアラーの研究も近年活発です。
Q9. 浦河べてるの家を訪ねることはできますか? ▼
可能です。べてるの家では見学受け入れ・研修プログラムを実施しており、全国・海外から多くの福祉系学生・支援者・研究者が訪れています。受け入れ条件・日程・費用は公式サイト(https://bethel-net.jp/)で確認できます。当事者研究の現場を肌で感じたい方には推奨される体験です。
Q10. 自分の地域に当事者研究の場がない場合は? ▼
その場合はオンラインの当事者研究会に参加するルートがあります。コロナ禍以降、Zoomなどで全国・国際的につながる研究会が増えました。また、信頼できる仲間が数人いれば自分たちで小さな会を立ち上げることも可能です。当事者研究ネットワークでは立ち上げに関する情報も発信されています。
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参照元:向谷地生良『技法以前——べてるの家のつくりかた』医学書院/浦河べてるの家 公式(https://bethel-net.jp/)/当事者研究ネットワーク 公開情報/熊谷晋一郎『当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復』金剛出版/東京大学先端科学技術研究センター 当事者研究分野 公式/北海道医療大学 公式/浦河ひがし町診療所 公開情報を参照(いずれも2026年5月時点。当事者研究の歴史・実践の経緯は関係者の証言・出版物による記述に基づきます)