テケトの日記『自分を殺めるということ』
visibility443 edit2023.12.19
これはわたくしの感覚での話。
自分を殺めたいと考える方っていますわよね。
それは楽になりたかったり、誰かへの復讐であったり。
前者はまだ後者と比べると受け入れ易いことかもしれませんわね。
それに似たような行為だと自傷行為があったり、少し分かり難いところではトラウマがあったりしますの。
自傷行為では生きる為に身に付けた鎧が苦しくて剥ぎ取ろうとしてもがく面が強調されていて表面に出ていて、トラウマは自分の許せない面が強調されている、そんなところではないかしら。
それらが積み重なっていくと清算したくなる考え方も出てくる訳ですけれど。
身体というのは先祖から受け継いだ器と捉えることも出来ますわ。
それを傷付けて死に至らしめるのであれば、裏切り行為だとも捉えることは出来てしまいますわよね。
すると、共犯者は居たかもしれませんけれど結局のところは誰かを裏切って人を殺めた人になるかもしれませんわね。
それは苦労すると思いますのよ。
人に裏切られ、裏切り復讐して、そして最後には自分を裏切ったり。
それこそ裏切り者に殺されてしまった大切な人達と裏切り者達の無数の死体を見下ろして絶望する自分が居たり。
そして何時かその亡骸は全て、。
わたくしは怖がらせたくはありませんの。
でもそうなのだとわたくしは感じましたの。
その戦場に立ち尽くしていた男はハードボイルドでは無かったのですわ。
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