しろすきーの日記
visibility89 edit2024.04.01
今日はできるだけ偏見でものを見ないようにしていこうと思った。
喜怒哀楽の感情が出ているときは、偏見でものを見ている時。それが僕の偏見に気づくサイン。
喜怒哀楽と言っても、普段は気にも留めないようなちょっとした心のさざ波を見ていく。喜怒哀楽として大きく分かりやすく出ているときは対処をしようがなかったりもするし、大きくなる前に見ていくことができれば、その方が都合がいいかもしれないし。
そう思って見ていくと、四六時中偏見でものを見ていることに気づく。ぼーっと道を歩いている時でさえも心にさざ波は起きていて、気がつくといつも偏見で周りや自分を見ていた。
偏見に気づき、それを取り去るとふっと心が軽くなった。さざ波は消え穏やかな気持ちになった。
偏見を取り除くと、全ての人が同じに見えていく。全てのことが同じに見えていく。だから、誰に対しても何があっても差別なく平等に接するようになっていく。
完全にはそうできてはいなかったと思うけど、意識することで気分良く穏やかに過ごす時間をいつもよりは多く持てたように思う。普段もそういう意識を持てる時は持つようにしてはいるんだけども、今日はそのように過ごして行こうって心に決めて過ごしていくことは、それほど多くは無いなと感じる。
そのことと関係があるのかないのか分からないけど、今日、出会う人は驚くほど親切な人が多かった。親切というか、こちらを受け入れようとしてくれているというか、こちらに合わせようとしてくれるというか、そんな感じで‥
病院の人、お店の人、バスに同乗してる人、出会ったほとんどの人がそうだった。驚くほどと感じたことは、そんなことに驚くだけの偏見が僕にあったということ。僕の持っている偏見はきっと星の数ほどあるんだろう。
世界がどのようにして作られているのか、どのようにして成り立っているのか僕にはまだ分からない。分からないけど何となく、体験を通しながらちょっとずつそれを理解していっているような気がするな。
読んでくれた人へのメッセージ
幸せでありますように。いつもありがとうございます。
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