銀ノ月の日記『鏡花水月#089〈梅雨と夜道〉』

《某日 22:00》

(……困った。さて、どうしたものか…)

塾バイトからの帰り道、警報級の大雨の中で、銀ノ月は立ち止まっていた。

(これは避けられそうにない…。)

彼の前方には、推定10cm程の深さはあるだろう大きな水溜まりが、彼の帰路を遮らんとばかりに広がっていた。

(右は車道。左は…いや、どちらにせよこの水溜まりは避け難い。)

(後退?馬鹿言え、こんな夜中に迷子になってたまるか!)

彼は焦っていた。いや、傘や地面を強く叩きつける雨音によって、焦らされていたのかもしれない。
もはや彼には、選択の余地も、余裕も無かった。

彼は「足を濡らさず無事に帰る」覚悟を決めた。

(…逆境上等!やってやんよぉ!)

冷たく降りしきる大雨が彼の服を濡らす中、彼の心は闘志に燃え上がっていた。
 

彼の戦いは始まった。

立ちはだかる数々の水溜まり。
それを華麗なステップで何とかかわしていく。

タン、タン、タタン、タン、タタン、
ダダダダ、ダダダダ、ダダダダダ、

足と雨、二つのリズミカルな音が、暗い暗い夜道を駆け抜けていった。

ーーーもしこの光景を誰かが見ていたら、「あの人は何をジタバタしているのだろう」と、きっと訝しげに思ったことだろう。
 

ふと前を向くと、彼の前では1人のJKが歩いていた。
塾帰りだろうか。毎日お疲れ様である。

(この状況……マズイ‼︎)

彼の脳裏に瞬時によぎったこの思いは、何も不恰好な自分の姿を見られることを恥じたのではない。(同じ方向だったため、振り返られない限り見られることはなかったのだ。)
彼が恐れたのは、この"状況"である。

想像してみてほしい。
時刻は夜遅く。天気は大荒れのため、普段よりも夜の闇は深い。そして周りには誰もいない。

こんな中、後ろから得体の知れない男が近づいて来るとなると、幾ら無害であるとはいえ、JKはどう感じるだろうか。

私がJKだとしたら、100%、いや、200%「恐怖」である。

もちろん人によりけりだが、少なくとも当時の彼はそう感じ、JKに恐怖を与えないように意識を配っていた。
 

そこが勝負の分水嶺だった。

ボチャンッ!

「ウッ‼︎」

即座に足首まで浸み入る雨水。靴、靴下の防御も為す術なく、彼の右足を冷たい感覚が襲い掛かる。

彼の右足の無事は失われた。
 

彼は、梅雨に負けた。

負けてしまったのだ。

(くそぉぉぉぉぉ!!)

彼の心の慟哭は、雨音にかき消されていくのであった。

star今日できたこと♪

帰り道、敗北者の彼は水溜まりを蹴飛ばしながら、米津玄師の『LOSER』を聴くのであった。

favorite読んでくれた人へのメッセージ

読んで下さり、本当にありがとうございます☺️
『#鏡花水月』は日記ではなく、読んでくださる方がクスッとでも笑って下さる読み物を目指しております。(いつか『#鏡花水月』誕生のお話もしたいですね)
それでは、皆さんにとって、明日が穏やかな1日になりますように🍀🌙

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