マサの日記『心療内科に行って』
visibility20 edit2026.02.23
行った目的は何一つ解決はしませんでした(これは自分の問題かもだけど)でも意味はあって、心が少し楽になった部分もあり。
いつからか自分と周りの違和感というかズレを感じてて。自分が思うのは
話を理解するのに時間が掛かる時がある。文書はまだ良いけど言葉に関しては聞いてなかった?と思える様な。
こだわる事が多い。執着までは感じないけど、こうじゃないの?こうあるべきだろ?と考えて、それが考えたり気にしても仕方ない。と思っても気にしたり考えたり。
頭では理解してるのに納得というか心が認めないと行動や決断が難しい。
会話中や質問に対して気がつくと止めるけど、どんな意味があるだ?と考えてしまって元のテーマから脱線しがちになる。(深掘りするというのかな)
そんな思いがあるけど自分では処理が難しかったのが、今回の診察で「適応障害の可能性」を言われ。チェックシートで質問されたけど、結局は結果を出されなくて終わりに。
それが良かった。本音は「適応障害」と言われたかったまである。適応障害じゃなくても何かしらの障害だと。
障害や精神疾患と共に生活してる人達からしたら、「ふざけるな、苦労も知らずに」「バカにしてるのか」と思われたり怒るかもなんだけど、自分としては診断はないけど可能性を感じられただけで「認められた。認めて良いんだ。」と思ったの。
ズレを感じる。でもそれはみんな同じ。それに対処しきれない自分の責任。そんな感じで過ごして、人より遅いなら早くしなきゃならない。やらなきゃならない。
そう考えて出来てる時は良いんだけど、何かの理由でペースやリズムが狂うと全てが後手後手に回るからしんどくなる。
しんどいのは分かってるのに止められない、止まる事が出来ない。周りや誰かについて行かなきゃならない。そんな感じになるから増々負の連鎖に落ちて。
障害の認定されても世界や周りが変わる事は難しいとは思うけど、自分だけでも理解や認めて自分のペースだったり、周りや誰かを意識しても「落ち着きなさいよ、自分には障害がある。無理しても仕方ない」と思えれば、生きづらい生き方(福祉課の担当者にも言われる)のが多少はマシになれると。
※ログインするとこの日記をフォローして応援できます