マサの日記『自分がなんでも出来ると思ってるのか?』
visibility19 edit2026.02.24
退職の時に工場長から言われた言葉。
仕事を長続きさせる事が出来なくて、唯一、派遣から社員になった場所(1番長くて約5年位)作業は金属製品の表面処理の町工場。
派遣の時に自分の担当が通常の3倍位の物流が来て。そこは各担当が自分の仕事をするって感じで、1つの会社から持ち込まれた物を仕分けして終わらせまとめて納品。終わりそうにないなら協力するけど。みたいな。
ほぼ1人で終わらせた。別に特別残業を増やすことなく。方法は全部自分で考えた。
出来ると自信に繋がって悪い事ではないんだけど、それが当たり前になるし自分もまた周りとのギャップを感じて(なんで出来ないんだ?難しいなら助けを呼べよみたいな)
それが嫌になって派遣としては退職。数カ月かな。経った時に自分の直の上司だった課長から連絡が来て、工場の移転と2つの工場を1つにして工場長が居るから戻らないか?と。工場の移転などの話は在籍中には聞いてたんだけど、引っ越ししなきゃならないしその金の問題もあったし嫌になってたから断ったんだけども。工場長が金銭面など世話をする。(貸してくれるで返済はしたよ)で期待を込めて戻り。
ひどかったね(笑)自動化を求めたんだけど全部を手作業でしてたからのギャップ。設備の違い。設計を工場長がしたらしいけど、自分の目からみたら強引に合わせた感じ。まぁ、決められたスペースで決められた設備を使わなきゃならない等の制約でするなら仕方ないとは思うけど。
出来ました。戸惑う事は多かったけど。そして1人1つの担当を1人で3つ4つを掛け持ちして残業は基本しない。納期も守る。品質なども問題ないとは思う(何かあったかもだけど指摘された事はない)
でも周りは残業ばかりだった。周りは月に40時間。自分は10時間あるかないか。自分の気持ちは誰もしてない掛け持ちをしてる定時終わり。助ける気はない。じゃないけど、難しいなら言えよ。しかなく。
1度、自分のやり方を伝える取り組みもあった。でも無視された。
でも周りが残業するのに帰る。工場長からは「自分だけ定時に帰るのか?」と言われたり、周りも口にはしないけど見られたり。
だから辞めた。そして工場長から最後の言葉。
出来る。と思った事、出来るからする。なんて思った事は一度もない。誰もしてない事。3倍の物流や1人での掛け持ちも全体の残業が減ると思ったから。
なのに周りの仕事量は変わらないのに残業も減らなかった。
あったのは1人でする仕事量と帰る時の視線だけ。
読んでくれた人へのメッセージ
過去を思い出してしまって、何が良かったのかを考える。したくない。を抱え周りに合わせるべきだったか。でもそれは違うと否定する。今もしたくない。でもそれが世界なのか。と考える。
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