アサーション完全ガイド|自他尊重コミュニケーション・DESC法・実践トレーニング
edit2026.05.14 visibility18
「『No』と言いたいのに、つい笑顔で引き受けてしまう」
「自分の意見を出そうとすると、相手を傷つけそうで怖い」
「逆に、言いたいことを言うと毎回ケンカになってしまう」
自分の気持ちを我慢して相手に合わせるか、感情をぶつけて関係を壊すか——多くの人が、この二択のあいだで疲れ切っています。けれど、コミュニケーションには第3の選択肢があります。それがアサーション(assertion)、日本語で言うところの「自分も相手も尊重する自己表現」です。
アサーションのルーツは、1949年にアメリカの心理学者アンドリュー・ソルター(Andrew Salter)が著書『Conditioned Reflex Therapy』で「assertive(自己主張的)」な反応を行動療法のなかで取り上げたことに遡ります。その後1970年にアルベルティ&エモンズ(Robert E. Alberti & Michael L. Emmons)が『Your Perfect Right』を出版し、市民の権利運動と結びつく形でアサーション・トレーニングとして体系化されました。日本では1980年代に臨床心理学者の平木典子氏が紹介し、教育・医療・企業研修・福祉の現場へ広く浸透していきました。
この記事では、ココトモが対話・傾聴の連載で取り上げてきた知識をもとに、アサーションの歴史、3つの自己表現パターン、アサーティブな権利、DESC法の4ステップ、「Noの伝え方」5パターン、職場・家族での活用、トレーニング方法、ありがちな失敗、FAQまでを一冊にまとめます。「アサーション=言いたい放題」ではないこと、そして自分を大切にすることと相手を大切にすることは両立できること——その両輪が今日の主役です。
📌 この記事でわかること
- アサーションの歴史と定義——Salter(1949)→Alberti & Emmons(1970)→平木典子(1980年代日本導入)の流れ
- 誰の中にもある3つの自己表現パターン——非主張的(受身的)/攻撃的/アサーティブ(自他尊重)
- Manuel J. Smithの『When I Say No, I Feel Guilty』(1975)が掲げたアサーティブ権利章典10項目
- DESC法 4ステップ——Describe(描写)/Express(説明)/Specify(提案)/Choose(選択)の具体的な書き方
- I-message と You-messageの使い分け、「Noの伝え方」5パターン
- 職場のパワハラ予防・家族関係・カップル間のアサーション活用例
- 日本のAT-Japan・平木典子モデルを含むアサーション・トレーニングの入り口
- 体験談3例、ありがちな失敗5選、よくある質問10問まで網羅
アサーションとは|「自他尊重」を核に持つコミュニケーション
アサーション(assertion)とは、自分の気持ち・考え・要求を、相手の人権を尊重しながら、率直・正直・対等に表現することを指します。日本語では「自己主張」と訳されることがありますが、これは半分しか正確ではありません。アサーションの核心は「主張」ではなく、「自他尊重(self and other respect)」にあるからです。
1949年|Andrew Salter による行動療法的起源
最初にこの概念が学術的に登場したのは、1949年に出版されたアメリカの心理学者アンドリュー・ソルター(Andrew Salter, 1914–1996)の著書『Conditioned Reflex Therapy』です。彼は不安神経症の治療法として、感情を抑え込まずに「assertive(積極的に表現する)」反応へ条件づけし直す技法を提案しました。これがアサーションの源流とされています。
1970年|Alberti & Emmons『Your Perfect Right』で定式化
その後、心理学者のロバート・アルベルティ(Robert E. Alberti)とマイケル・エモンズ(Michael L. Emmons)が1970年に出版した『Your Perfect Right(あなたの当然の権利)』によって、アサーションは一気に一般市民の言葉になりました。1960〜70年代の公民権運動・女性解放運動の文脈と結びつき、「弱い立場にいる人が、対等に意見を述べる権利」として広まったのです。同書はその後20を超える版を重ね、いまも改訂が続いています。
1975年|Manuel J. Smith「Noと言ってもいい」
1975年に臨床心理学者のマニュエル・J・スミス(Manuel J. Smith)が出版した『When I Say No, I Feel Guilty(私はNoと言うとき、罪悪感を感じる)』は、Noと言えないことに苦しむ人々のためのアサーション・トレーニング書として全米でベストセラーになりました。後述する「壊れたレコード(Broken Record)」などの実践テクニックが、この本から広く知られるようになりました。
1980年代|日本では平木典子が導入
日本にアサーションが本格的に紹介されたのは1980年代、臨床心理学者の平木典子氏(日本女子大学・統合的心理療法研究所などで活躍)によります。平木氏は『アサーション・トレーニング——さわやかな〈自己表現〉のために』(日本・精神技術研究所)をはじめ多数の著作・研修を通じて、医療・教育・看護・福祉・企業の現場にアサーションを根づかせました。「アサーション・ジャパン(AT-Japan)」などの研修団体も、こうした流れの中で生まれています。
📖 アサーションの定義(平木典子 ほか)
「自分の気持ち・考え・信念を、正直に率直に、その場にふさわしいやり方で表現すること。同時に、相手にも同じ権利があることを認め、相手の表現を尊重すること」——これがアサーションのもっとも一般的な定義です。「言いたいことを言う」のではなく、「自分も相手も大切にしながら、必要なことを伝え合う」。この一点を見失わなければ、アサーションは武器ではなく橋になります。
出典:Andrew Salter『Conditioned Reflex Therapy』(1949) /Alberti & Emmons『Your Perfect Right』(1970, 邦訳『自己主張トレーニング』) /Manuel J. Smith『When I Say No, I Feel Guilty』(1975) /平木典子『アサーション・トレーニング——さわやかな〈自己表現〉のために』日本・精神技術研究所
3つの自己表現パターン|あなたはどのタイプ?
アサーション理論の出発点は、人のコミュニケーションには3つの基本パターンがあるという整理です。平木典子氏も繰り返し紹介してきたこの3類型は、自分のクセを客観視するための強力なフレームです。「自分はいつも同じパターンに陥っている」と気づくところから、変化が始まります。
🙇
① 非主張的(Non-Assertive・受身的)
自分の気持ちより相手の気持ちを優先しすぎるタイプ。「Noと言えない」「自分の意見を抑える」「あいまいに笑ってごまかす」。一見、関係は穏やかに見えるが、内側には不満・自己否定・うつ・燃え尽きが蓄積していく
⚡
② 攻撃的(Aggressive)
自分の気持ちを優先し、相手の気持ちを軽んじるタイプ。「大声・命令口調・皮肉・否定の連発」「自分の正しさで押し切る」。短期的には主張が通るが、関係が壊れ、信頼を失い、結局孤立する。パワハラ・モラハラの土壌
🤝
③ アサーティブ(Assertive・自他尊重)
自分も相手も大切にするタイプ。「率直に・正直に・対等に・その場にふさわしい言葉で」気持ちを伝え、相手の気持ちにも耳を傾ける。意見が合わなくても関係を壊さず、合意できないことを合意できる
重要なのは、これらは「人格タイプ」ではなく「場面ごとに表れるクセ」だということです。職場では非主張的でも、家庭では攻撃的になる人。上司には引いてしまうけれど、後輩には強く出てしまう人——多くの人が複数のパターンを行き来しています。アサーションのトレーニングは、「いつでもアサーティブな完璧な人」になるのではなく、「攻撃と引きこもりの両極端に振れたときに、真ん中に戻ってこられる人」になることを目指します。
アサーティブ権利章典10項目|「Noと言っていい」の根拠
1975年にManuel J. Smithが『When I Say No, I Feel Guilty』のなかで掲げた「アサーティブ・ライツ(Assertive Rights)」は、Noと言えない人にとっての「許可証」のような存在として、世界中で読み継がれてきました。以下は、Smithの原典および後年の整理(平木典子氏ほか)をベースに、現代の日本の感覚で平易にまとめたものです。
- ① 自分の感情・考え・行動を、自分で選び、その責任を持つ権利——他人がどう思うかではなく、自分がどう感じ何を望むかを、自分で決めてよい。
- ② 自分の行動について、言い訳や正当化をせずに済む権利——「なぜ断るの?」と問われても、毎回理由を説明する義務はない。
- ③ 他人の問題を、自分の責任で背負わない権利——相手の機嫌・人生・幸福のすべてを引き受ける必要はない。
- ④ 「考えが変わった」と言う権利——昨日と今日で違う結論を出してもよい。一貫性を盾に縛られる必要はない。
- ⑤ 失敗する権利、その責任を取る権利——完璧でなくてよい。間違えたら認め、修正する自由がある。
- ⑥ 「分かりません」と言う権利——知らないこと・答えが出ないことを、無理に分かったふりをしなくてよい。
- ⑦ 他人の善意に必ずしも応えなくてよい権利——好意で勧められても、自分に合わなければ断ってよい。
- ⑧ 論理的でない判断をする権利——「なんとなく嫌」「直感的に違う」も、立派な理由として尊重される。
- ⑨ 「理解できません」と伝える権利——相手の話の意図が読めないとき、忖度せず確認してよい。
- ⑩ 「気にしません」と表明する権利——相手から評価・批判されても、それを引き受けないという選択ができる。
これらは「やってよい」ではなく、「あなたにはそもそも、人としてその権利が備わっている」という事実の宣言です。同時に、相手にも同じ権利があることが大前提です。自分だけが持つ特権ではなく、両者が等しく持っている権利——だからこそアサーションは「自他尊重」と呼ばれます。
DESC法 4ステップ|アサーティブな伝え方の型
アサーティブに伝えたい——でも、何をどの順番で言えばいいか分からない。そんなときに役立つのがDESC法(デスクほう)です。心理学者シャロン・A・バウアー(Sharon A. Bower)とゴードン・H・バウアー(Gordon H. Bower)が著書『Asserting Yourself: A Practical Guide for Positive Change』(1976・1991改訂版)で体系化したもので、アサーティブな対話の代表的な型として広く用いられています。
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1
D|Describe(描写する)——事実を客観的に
まず、解釈や感情を入れず、事実だけを描写します。「あなたはいつも遅刻する」(解釈)ではなく、「今週、待ち合わせに3回、合計1時間遅れて来ています」(事実)。観察可能な行動・回数・時間など、誰が見ても同意できる情報に絞るのがコツです。
-
2
E|Express / Explain(表現/説明する)——自分の気持ちを I-message で
次に、その事実に対する自分の気持ち・考えを I-message で伝えます。「あなたは無責任だ」(You-message・非難)ではなく、「私は、自分の時間が大切にされていないように感じて、悲しかった」(I-message)。「私は〜と感じた」の構造を守るのが要です。
-
3
S|Specify(提案する)——具体的にお願いする
続いて、具体的で実行可能な提案を、命令ではなくお願いとして出します。「もっと早く来て」(漠然)ではなく、「次回から、もし5分以上遅れそうなら、LINEで一報もらえると助かります」(具体)。「いつ・なにを・どれくらい」が含まれているかをチェックします。
-
4
C|Choose(選択する)——Yes / Noの両ケースを言語化
最後に、提案が受け入れられた場合と、受け入れられなかった場合の、両方の結果を伝えます。「そうしてくれたら、私も安心して待てます。難しいようなら、次から待ち合わせを30分単位にしてみるのはどうかな?」。脅しではなく、双方が選べる選択肢の提示として置くのがポイントです。
💡 DESC法を一文にすると
「(D)こういう事実があって、(E)私はこう感じた。(S)だから、こうしてもらえると助かる。(C)もしそれが難しいなら、別の方法を一緒に考えたい」——この4ステップを意識すると、感情のぶつけ合いから、解決可能な「お願い」へと言葉が変わります。
アサーティブな伝え方の例文集|状況別10例
実際の場面で「攻撃的」「非主張的」「アサーティブ」の3つはどう違うのか。代表的な10シーンを並べました。太字部分が「アサーティブな伝え方」です。
| 状況 | 攻撃的 | 非主張的 | アサーティブ |
|---|---|---|---|
| 急な残業を頼まれた | 「無理に決まってるでしょう!」 | 「……はい、やります」 | 「今日は予定があり難しいです。明日朝なら対応できます」 |
| 提案を否定された | 「あなたには分からないんですよ」 | 「……そうですね、すみません」 | 「ご意見ありがとうございます。私はこういう理由でこの案を出しました。一緒に検討しませんか」 |
| パートナーに不満 | 「いつも自分のことばかりね」 | (黙って我慢する) | 「最近、家事の分担が偏っていて、私は疲れを感じている。週末に一度話したい」 |
| 友人の遅刻 | 「またかよ、いい加減にして」 | 「全然大丈夫だよ〜」 | 「待っている時間が長くて少し不安だった。次は遅れそうなら連絡もらえると嬉しい」 |
| 飲み会の誘い | 「行かない、興味ない」 | 「あ、はい、行きます……」 | 「お誘いありがとう。今夜は休みたいので、今回は遠慮させてください」 |
| 部下のミス | 「何やってるんだ、何度言わせる」 | 「まあ、次は気をつけてね」 | 「この資料、A列の数字が違っていた。原因を一緒に確認したい。再発防止のためにチェックリストを作ろう」 |
| 親からの過干渉 | 「ほっといて!」 | 「……うん、わかった」 | 「心配してくれてありがとう。でも私は自分で決めたいので、結果が出たら報告するね」 |
| 店員の対応に不満 | 「責任者を出せ!」 | (諦めて何も言わない) | 「先ほど○○とお伝えしたのですが、確認をお願いできますか」 |
| 会議で意見が違う | 「それは間違ってます」 | (うなずいて黙る) | 「異なる視点でもう一つ提案させてください。〜という選択肢はいかがでしょうか」 |
| 頼みごとを断る | 「無理ですから」 | 「えーっと、まあ、頑張ります……」 | 「申し訳ないのですが、いま余裕がないのでお引き受けできません。来週以降であれば検討できます」 |
I-messageとYou-messageの使い分け|「私」を主語にする勇気
アサーティブな伝え方の核にあるのがI-message(アイメッセージ)です。主語を「あなた」ではなく「私」にするという、シンプルですが奥が深い技法で、トマス・ゴードン(Thomas Gordon)の親業訓練(Parent Effectiveness Training)でも中核を担ってきました。
You-message は「評価・断定・命令」になりやすい
「あなたはいつも遅い」「あなたは無責任だ」「あなたはちゃんとして」——主語が「あなた」だと、ほとんどの文が相手への評価・断定・命令になります。受け取った側は反射的に防衛的になり、対話は閉じてしまいます。
I-message は「事実+感情+希望」を伝える
一方、「私は、待っている間に不安になった」「私は、自分の時間が大事にされていないと感じた」「私は、連絡があると助かる」——主語を「私」にすると、自分の内側で起きていることを相手に開示するメッセージになります。事実+感情+希望の3点セットで伝えると、相手は責められたと感じにくく、対話の余地が残ります。
詳しくは姉妹記事のI-messageとYou-message完全ガイドで、書き方の型・例文集・注意点まで深掘りしています。アサーションのDESC法とセットで身につけると効果が大きい技法です。
「Noと言う技術」5パターン|断ることは関係を壊さない
Noと言えない苦しみに、アサーションは具体的な処方箋を持っています。Manuel J. Smithの著書、平木典子氏の研修などで紹介されてきた「Noの5パターン」は、状況に応じて使い分けられる強力なツールセットです。
🚫
① 直接拒否(Direct No)
「いいえ、お引き受けできません」と、はっきり・短く・敬意を持って断る。理由を説明しすぎず、シンプルに伝える勇気。曖昧さは相手の期待を残し、結局自分を追い詰める
🔄
② 代替案(Alternative)
「今日は難しいですが、来週ならば対応可能です」と、自分のできる範囲で代わりの案を提示する。Noを「閉じる言葉」ではなく「条件を整える言葉」に変える
⏳
③ 時間ずらし(Delay)
「少し考える時間をください、明日までに返事します」と、即答を避ける。圧をかけられても流されないための時間稼ぎ。すぐにYesと言いそうな性格の人ほど有効
📀
④ 壊れたレコード(Broken Record)
Manuel J. Smith が広めた古典的技法。相手の説得・脅し・揺さぶりに対して「申し訳ないけれど、お引き受けできません」と同じ趣旨を繰り返す。論破せず、感情的にならず、ただ繰り返す
🤲
⑤ 部分的同意(Fogging)
同じくSmithが提案した技法。批判や非難に対して「そういう見方もありますね」と、否定せず・反論せず、霧(fog)のように受け流す。攻撃を吸収し、消耗戦を避ける
⚠️ Noのときに守りたい3原則
①「申し訳ありません」を言いすぎない——謝罪が増えるほど、断る正当性が揺らぐ。「ありがとう、でも今回はお引き受けできません」で十分。
②「忙しい」を理由にしない——忙しさは相対的な評価。「私の優先順位として、いまはここまで」と、自分の選択を主語にする。
③ 沈黙を恐れない——Noのあと、相手が黙ったときに不安になって撤回してしまう人が多い。沈黙は相手の処理時間。耐える勇気がアサーションを支える。
怒り・不安・申し訳なさへの対処|アサーティブな感情表現
アサーションは「冷静に話す技術」ではありません。怒り・不安・申し訳なさといった強い感情を、抑え込まず・ぶつけずに、言葉に乗せる技術です。
怒りは「二次感情」——その奥に一次感情がある
怒りはしばしば「二次感情」と呼ばれます。怒りの下には、悲しみ・不安・恐れ・寂しさ・期待外れといった「一次感情」が潜んでいることが多いのです。たとえば「遅刻に怒っている」のは、本当は「心配だった」「ないがしろにされた気がした」かもしれません。アサーティブな表現では、二次感情ではなく一次感情を言葉にすることを目指します。
不安は「相手に伝える」と軽くなる
不安を抱えたまま会話すると、表情がこわばり、誤解が連鎖します。「実はこの話題、私は少し緊張しています」と一言伝えるだけで、相手は警戒を解き、自分自身も落ち着きを取り戻します。「不安そのものを話題にしてよい」のがアサーティブな姿勢です。
申し訳なさは「過剰な自己卑下」になりがち
Noと言うとき、頼みごとをするとき、つい「すみません、本当にすみません」と繰り返してしまう人へ——過剰な謝罪は、相手にも気を遣わせ、対等な関係を崩します。「ありがとう、助かります」「お時間をいただいて感謝します」と、謝罪ではなく感謝で関係を結ぶ習慣をつけると、自他尊重の重心が整います。
職場でのアサーション活用|パワハラ予防にも
厚生労働省の「職場におけるハラスメント対策」では、2020年6月の労働施策総合推進法(パワハラ防止法)施行を機に、企業に対策が義務づけられました。アサーション・トレーニングは、加害防止・被害回復の両面で活用が進んでいます。
上司から部下へ|「指導」と「攻撃」を分ける
パワハラを生みやすい上司は、しばしば「指導」と「攻撃」の区別ができていない状態にあります。アサーションでは、「行動」と「人格」を切り離すのが鉄則です。「あなたはダメな人だ」(人格)ではなく、「この資料のこの数字が違っていた。次回からダブルチェックを入れてほしい」(行動)——後者なら、厳しくても指導は成立します。
部下から上司へ|「異議申し立て」を恐れない
部下の側にも、アサーションは有効です。納期の無理、業務範囲外の依頼、不適切な発言に対して、「沈黙」と「反抗」の中間にある「対等な対話」を選べると、心身を守りやすくなります。「ご相談したいことがあります。この件について、私はこう感じていて、こう変えられないか提案したいです」——DESC法に乗せれば、上司もキャッチしやすくなります。
同僚どうし|境界線(バウンダリー)を守る
雑談の延長で踏み込まれた話題、頼まれた業務の押しつけ、評価をめぐる微妙な摩擦——同僚関係こそ、アサーションが日々試される場です。「私はその話題は答えたくないので、別の話にしませんか」「その仕事は私の担当ではないので、リーダーに相談してください」と、関係を壊さずに境界線を引く練習を日常化していきます。
1対1の面談でのアサーション活用は、職場の1on1傾聴ガイドと併せて読むと立体的に理解できます。
家族・カップル間のアサーション|近い関係ほど難しい
意外に思われるかもしれませんが、もっともアサーションが難しいのは家族・パートナーです。「言わなくても分かってほしい」という期待、長年の役割パターン、無自覚な甘え——これらが対等な対話を曇らせます。
親子|役割を超えて「人として」話す
親子関係では、「親だから/子どもだから」という役割が会話を縛りがちです。「子どもなのに親に意見していいのか」「親だから知っておくべきだ」——これらの前提を一度脇に置き、「一人の人としての気持ち」を交換する練習が、関係を更新します。「お母さん、心配してくれてありがとう。でも私はこの仕事を続けたいと思っている。応援してほしい」——感謝と要望をセットにするのがコツです。
カップル|「察してほしい」を超える
カップル関係でもっとも消耗するのが「察してほしい依存」です。「言わなくても分かるはず」という前提は、ほぼ必ず期待外れに終わり、それが積もると沈黙の冷戦になります。アサーションでは、「察してほしいこと自体を、言葉で伝える」練習を重ねます。「いまは慰めてほしくて、解決策はいらない」「明日は一人で過ごす時間がほしい」——具体的な希望に分解する力が、関係の摩耗を防ぎます。
詳しくはカップルのための傾聴ガイドとNVC(非暴力コミュニケーション)完全ガイドで、より深く扱っています。
アサーション・トレーニングを始める|日本での主な入り口
アサーションは知識として読むだけでなく、ロールプレイで身体を通すことで初めて使えるようになります。以下は日本で受講できる代表的な機会の整理です(受講料・形式は時期・主催により変動するため公式情報をご確認ください)。
🏫
日本・精神技術研究所
平木典子氏のアサーション・トレーニング体系を継承する研修機関。基礎・応用・トレーナー養成までの段階的なプログラムを提供。看護・教育・福祉従事者の受講者が多い
🌱
アサーティブ・ジャパン
NPO法人として運営される、女性のエンパワメントを軸にしたアサーション研修団体。週末・連続講座でロールプレイを丁寧に積み重ねるスタイル。ファシリテーター養成講座もある
🏢
企業研修・自治体研修
パワハラ防止法施行以降、社内研修・管理職研修として導入が進む。1日〜2日のショート版、半年かけて月1回の連続版など、企業ニーズに応じた設計が一般的
🎓
大学・大学院の心理学講座
臨床心理士・公認心理師の養成課程で、認知行動療法の一部としてアサーションが扱われる。市民向け公開講座を開く大学もある
📚
書籍・ワークブック
平木典子氏の著作、Alberti & Emmons の翻訳書、Manuel J. Smith の翻訳書など。読書だけでも基礎理解は十分だが、必ずパートナーや家族と「声に出す練習」を組み合わせるのが重要
💻
オンライン講座・ウェビナー
コロナ禍以降、Zoom等での開催が普及。地方在住者・育児中の方も参加しやすくなった。ブレイクアウトルームでのペアワークが、対面に近い体感をもたらす
体験談|三人がアサーションで変わったこと
💬 職場で「No」と言えるようになった(30代・女性・事務職)
「何でも引き受けて深夜まで残業し、半年で適応障害一歩手前に。アサーション講座でDESC法を学び、上司に『私はこの3案件を抱えていて、新規はキャパオーバーです。優先順位を一緒に整理させてください』と伝えました。怒鳴られるかと身構えましたが、上司の反応は『分かった、整理しよう』。Noを言って関係が壊れるどころか、信頼が深まりました」(130字)
💬 過干渉な親に自分の選択を伝えた(20代・男性・社会人)
「進路にも仕事にも口を出す母に長年振り回され、自分の人生を生きていない感覚がありました。書籍でアサーションを知り、『心配してくれてありがとう。でも僕は自分で決めたい。結果が出たら必ず話すね』と伝え続けて半年。母は最初こそ戸惑いましたが、いまは適度な距離感で見守ってくれます。怒りで突き放すのではなく、感謝とNoをセットにしたのが効きました」(140字)
💬 夫婦で「察して」をやめた(40代・女性・共働き)
「結婚10年、家事の偏りに不満が積もり、何度もケンカを繰り返してきました。カップル向けアサーション講座で、お互いに『察してほしい』ことを言葉にする練習をしたら、私が思っていた以上に夫は『何を求められているか分からなかった』と。週末に家事リストを書き出し、毎週見直す習慣に。沈黙の冷戦が、笑える会話に戻りました」(130字)
ありがちな失敗5選|「アサーション風」攻撃に気をつける
アサーションを学び始めた人がよく陥る落とし穴があります。「アサーティブのつもりが、実は攻撃的になっている」「型は守ったが、心が抜け落ちている」——以下のパターンに心当たりがないか、ときどき自分の言葉を点検してみてください。
- ① 「I-messageで包んだYou-message」になっている——「私は、あなたが無責任だと感じる」は、構造はI-messageでも中身は非難。一次感情(悲しい・不安・寂しい)に分解する練習が必要です。
- ② 言葉は丁寧でも、態度が攻撃的——腕組み・睨み・ため息・冷たい声色は、内容より強く伝わります。非言語のメッセージも含めてアサーティブかを点検します。
- ③ 「アサーティブだから何を言ってもいい」と思っている——アサーションは「言いたい放題」の許可証ではありません。自他尊重の核を外せば、ただの攻撃に変質します。
- ④ 回りくどく、結局Noが伝わらない——配慮のつもりで前置きが長くなり、相手が「結局Yes?No?」と分からないまま。Noは短く、敬意を持って、はっきりが原則です。
- ⑤ タイミングと場所を選ばない——相手が疲れている・人前である・別の用件の最中——伝える内容が正しくても、場が間違っていれば届きません。「いま少し時間ある?」の一言から始める習慣をつけます。
よくある質問|アサーションQ&A 10問
Q1. アサーションと「自己主張」はどう違うのですか? ▼
日本語の「自己主張」は、しばしば「自分の意見をぶつける」「我を通す」という攻撃的なニュアンスを帯びます。一方、アサーション(assertion)の核は「自他尊重」です。自分も相手も大切にしながら、率直・正直・対等に伝える——この姿勢が前提となります。日本に紹介した平木典子氏は、訳語として「自他尊重の自己表現」と説明することが多く、単なる主張ではないと強調しています。
Q2. 内向的な性格でもアサーションはできますか? ▼
もちろんできます。アサーションは「外向的になる」ことではなく、「自分の声を、自分のペースで、必要なときに使えるようにする」こと。物静かな人がアサーティブに伝える方が、説得力が増すケースもあります。声の大きさやスピーチ力ではなく、「言葉に乗せる勇気」が本質です。
Q3. 相手が高圧的・パワハラ気質の場合、アサーションは効きますか? ▼
アサーションは魔法ではないので、相手の反応を100%変えられるわけではありません。ただし「自分が攻撃に巻き込まれず、対等な姿勢を保つための盾」として機能します。壊れたレコード(同じ趣旨を繰り返す)・部分的同意(霧のように受け流す)が特に有効です。同時に、明らかなパワハラ・モラハラの場合は、社内のハラスメント相談窓口・労働局・弁護士など外部の力を組み合わせる判断も大切です。
Q4. NVC(非暴力コミュニケーション)とアサーションは何が違うの? ▼
アサーションが1970年代の行動療法・市民運動を起源とするのに対し、NVC(Nonviolent Communication)はマーシャル・ローゼンバーグが1970〜80年代に体系化した、より「ニーズ(必要としていること)」に焦点を当てる手法です。観察・感情・ニーズ・リクエストの4要素で対話を組み立てます。アサーションのDESC法と構造は似ていますが、NVCは「ニーズの探究」により深く分け入ります。両者は競合せず、補完的に使うと相乗効果があります。詳しくはNVC完全ガイドを参照してください。
Q5. DESC法を使うと不自然な会話になりませんか? ▼
最初はぎこちなくて当然です。型を覚える段階では、頭で考えながら文を組み立てるので、機械的に聞こえることもあります。しかし10〜30回ほど実践すると、4ステップが自然な思考の流れに変わります。料理のレシピ通りに作っていたのが、自分の感覚で味付けできるようになるのと同じです。日記に「もし伝えるなら?」と書き出すだけでも、訓練になります。
Q6. 子どもや高校生にもアサーションは教えられますか? ▼
はい、教育現場でも広く取り入れられています。文部科学省の生徒指導提要などでも、コミュニケーション教育の一環として「自他尊重の自己表現」が触れられており、SST(ソーシャルスキルトレーニング)の一部としてアサーションが導入されている学校も多数あります。いじめ予防・友人関係の悩み・進路選択など、思春期の課題に直結する技法です。
Q7. アサーションは「優しさ」とは違うものですか? ▼
むしろアサーションは「成熟した優しさ」の形だと言えます。相手のために自分を消す優しさは、長期的には自分を疲弊させ、関係も歪めます。自分を大切にしながら相手も大切にする——この両立こそが、長く続く優しさを支えます。「Noを言うこと=冷たいこと」という前提を、いったん手放してみてください。
Q8. パートナーや家族にだけ攻撃的になってしまうのはなぜ? ▼
近しい関係では「気を使わなくてもいい」「分かってくれるはず」という油断と期待が同時に強まるため、職場で抑えてきた感情が一気に噴き出しやすくなります。これは多くの人に共通の現象で、人格の問題ではありません。アサーションでは、家族との対話こそ「他人と話すときと同じ丁寧さ」を意識する練習がおすすめです。「察して」を「言葉で伝える」に置き換えるだけで、関係はぐっと変わります。
Q9. アサーションは認知行動療法(CBT)とどう関係していますか? ▼
アサーションの源流(Andrew Salter, 1949)は行動療法であり、その後の認知行動療法(CBT)の発展のなかでも、社交不安・うつ・対人関係の問題に対する技法として位置づけられてきました。CBTの中で「対人スキル訓練」「行動活性化」の一部としてアサーション・トレーニングが用いられます。詳しくは認知行動療法(CBT)完全ガイドと合わせて読むと、地続きの体系として理解できます。
Q10. アサーションを学ぶおすすめの本は? ▼
日本語で読めるものとしては、まず平木典子『アサーション・トレーニング——さわやかな〈自己表現〉のために』(日本・精神技術研究所)が定番です。原典系では、Alberti & Emmons『Your Perfect Right』、Manuel J. Smith『When I Say No, I Feel Guilty』、DESC法を学ぶならBower & Bower『Asserting Yourself』が基本書です。日本語版・英語版どちらも、現代の改訂版が出ているので、最新版を選ぶのがおすすめです。
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認知行動療法(CBT)完全ガイド
アサーションのルーツでもある行動療法・認知行動療法の全体像。考え方のクセ・対人スキル・行動の3本柱で整理
参照元:Andrew Salter『Conditioned Reflex Therapy』Creative Age Press, 1949/Robert E. Alberti & Michael L. Emmons『Your Perfect Right: Assertiveness and Equality in Your Life and Relationships』Impact Publishers, 1970(最新改訂版あり)/Manuel J. Smith『When I Say No, I Feel Guilty』Bantam Books, 1975/Sharon A. Bower & Gordon H. Bower『Asserting Yourself: A Practical Guide for Positive Change』Da Capo Press, 1976/1991改訂/平木典子『アサーション・トレーニング——さわやかな〈自己表現〉のために』日本・精神技術研究所/平木典子『改訂版 アサーション・トレーニング』金子書房/日本・精神技術研究所 公開資料/特定非営利活動法人アサーティブジャパン(AT-Japan)公開資料/厚生労働省「職場におけるハラスメント対策」公開資料(労働施策総合推進法 2020年6月施行)/Thomas Gordon『Parent Effectiveness Training』(親業訓練)関連資料を参照(いずれも2026年5月時点)