逃げてもいいから

6月に入り、天気の変化や疲れで体調を崩しやすい季節になりましたが、皆さんお元気にお過ごしでしょうか。

私は完全に復活できたわけではありませんが、少しずつ体力も戻り、自分のレジリエンスを信じながら一歩ずつ前に進んでいます。

先日、友達や生徒会の仲間と再会し、高校時代を振り返る機会がありました。その中で、ある友達のことを思い出しました。

理想と現実のその先で

中学時代はコロナ禍の影響で行事や卒業式がなくなり、勉強中心の毎日でした。だからこそ高校では、学校行事や学校づくりに関わりたいと思い、生徒会に入りました。

家族からは反対されましたが、「自分のやりたいことを自分で決めたい」という思いで入部を決めました。

 

ようやく入ることができた生徒会でしたが、現実は理想とは大きく異なりました。

先生と生徒の板挟みになり、理不尽な要求や感情的な対立に振り回されることも少なくありませんでした。

三年生になって卒部したときには、「何も良いことはなかった。ただ社会の現実を突きつけられただけだった」と思っていました。

しかし、卒業前、ある友達から言われた言葉が今も心に残っています。

「私は何度もここを辞めようと思った。でも、あなたがいたから続けられた」

また一度でも会えるなら

その友達は、高校を卒業した直後に突然姿を消しました。

クラスの打ち上げにも参加せず、連絡先も消え、誰も消息を知りませんでした。

高校で最初にできた友達と言ってもいい存在でした。だからこそ、何の前触れもなくいなくなったことが本当につらかったです。

少し前から様子がおかしいことには気づいていました。

だからこそ、「なぜもっと早く気づいてあげられなかったのだろう」と何度も自分を責めました。

先生に聞いても分からない。同級生に聞いても分からない。

それでも、「返事が来るだけでいい」という思いで手紙を送りました。

高校時代、その子がつらい思いをしていたことは分かっていました。でも、私自身もあの環境の中で必死に耐えていて、助ける余裕がありませんでした。

後悔ばかりが残っていました。

そんなある日、その子から返事が届きました。

私は泣くほど嬉しかったです。

そこに書かれていたのは特別な言葉ではありませんでした。

それでも、「生きている」

その事実だけで十分でした。

生きていてくれてありがとう

今でも時々、「いつかまた会えたらいいな」と思っています。

もし、もう一度会ってくれるなら、私はきっとこう伝えるでしょう。

「生きていてくれてありがとう。あなたが生きていてくれたから、私はまた立ち直ることができた」

それほどまでに、私にとって大切な存在です。

友達は生きていてくれました。

でも、もし違う結末だったら。

私はきっと今よりもずっと大きな後悔を抱えて生きていたと思います。

私自身も、ときどき何のために生きているのか分からなくなることがあります。

それでも、これまで支えてくれた人たちに、私と同じような後悔をしてほしくありません。

だからこそ、強く思うのです。

 

「逃げてもいいから、ただ生きることだけは諦めるな」

 

それは友達に向けた言葉であり、過去の自分に向けた言葉でもあります。

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