第四回『障害と生きる』――人との距離感を整えること

【前回の振り返り】

前回は、障害を抱えながら生きていくうえで、考え方を工夫することについて書きました。

周りと同じ速度や成功基準を求めすぎないこと。

しんどい日に、自分の人生を決めつけすぎないこと。

完璧に立ち直るより、揺れ幅を小さくすること。

普通になるより、壊れにくくなること。

そうした考え方の工夫は、私にとって生きやすさにつながっていきました。

ただ、生活を整え、考え方を工夫しても、それだけで十分だったわけではありません。

私にとって、人との関わり方や距離感も、とても大きな課題でした。

今回は、障害を抱えて生きるうえで大切だった、「人との距離感を整えること」について書いてみようと思います。

【人間関係の負荷は、思っている以上に大きかった】

障害を抱えて生きるうえで、睡眠、食事、通院、服薬、働き方などを整えることは大切です。

けれど、それと同じくらい、人間関係の負荷をどう減らすかも大切だったと感じています。

誰かの言葉に大きく揺れてしまうこと。

相手の態度を何度も思い返してしまうこと。

理解されなかったことが、頭の中に残り続けてしまうこと。

雑に扱われたと感じたときに、強く傷ついたり、怒りが湧いたりすること。

そうした人間関係の負荷は、私の場合、生活全体にも影響していました。

気持ちが落ち込んだり、眠りにくくなったり、頭の中で同じことを繰り返し考えてしまったりすることがありました。

人間関係の問題は、その場だけで終わるとは限りません。

相手と離れたあとも、言われた言葉や態度が頭の中に残り続けることがあります。

だから私にとって、人との距離感を整えることは、ただの人付き合いの工夫ではありませんでした。

自分の生活や心身を守るために、必要なことだったのだと思います。

【全員に理解されようとしすぎない】

以前の私は、自分のことを分かってもらおうとして、無理に説明し続けていたところがありました。

なぜ苦しいのか。

なぜできないのか。

なぜ傷ついたのか。

なぜその言葉や態度がつらかったのか。

そうしたことを、相手に分かってもらおうとして、何度も言葉にしようとしていました。

もちろん、理解してもらうために話すこと自体は悪いことではありません。

自分の状態や気持ちを伝えることは、大切なことだと思います。

けれど、どれだけ説明しても、受け取ってもらえない相手もいます。

こちらが真剣に話していても、軽く流されたり、決めつけられたり、こちらの感覚を信じてもらえなかったりすることもあります。

そういう相手に対して、分かってもらおうとし続けるほど、私は消耗していきました。

理解されないことそのものも苦しいですが、それ以上に、自分の大切な気持ちを何度も差し出して、それが受け取られないことが苦しかったのだと思います。

今は、全員に理解されようとしなくてもいいのだと思うようになりました。

自分のことを分かってくれる人もいれば、どうしても噛み合わない人もいます。

相手に悪意があるとは限らなくても、相性が合わないことはあります。

価値観が違うこともあります。

こちらの苦しさを、うまく受け取れない人もいます。

だから、すべての人に分かってもらおうとするのではなく、自分の話をある程度受け取ってくれる人を大切にする。

理解されない相手に、自分の心を渡し続けすぎない。

それも、私にとっては大切な工夫でした。

【合わない人、自分を雑に扱う人とは距離を取る】

人との距離感を整えるうえで、私にとって大きかったのは、「合わない人から距離を取ってもいい」と思えるようになったことです。

以前は、合わない相手とも、何とかうまくやらなければいけないと思っていました。

自分が我慢すればいい。

自分が合わせればいい。

自分が気にしすぎなだけかもしれない。

そんなふうに考えて、相手との関係を続けようとしていたこともありました。

けれど、自分を雑に扱ってくる人に合わせ続けると、少しずつ心が削られていきます。

こちらの気持ちを軽く扱う人。

話を受け取ろうとしない人。

一方的に決めつけてくる人。

こちらの都合や状態を考えずに、押し通そうとしてくる人。

そういう関係の中にいると、自分の感覚まで分からなくなってしまうことがあります。

本当は嫌だったのに、自分が悪いのかもしれないと思ってしまう。

本当は傷ついたのに、我慢すべきだったのかもしれないと思ってしまう。

本当は距離を取りたいのに、冷たい人間なのではないかと責めてしまう。

でも今は、自分を雑に扱う人と、無理に関係を続けなくてもいいのだと思っています。

距離を取ることは、相手を全否定することではありません。

相手を責め続けるためでもありません。

自分の生活や心を守るために、必要な距離を取るということです。

誰とでも近くならなければいけないわけではありません。

誰にでも心を開かなければいけないわけでもありません。

自分を雑に扱わない関係を選ぶこと。

それは、私にとって大切な基準になりました。

【相談できる人を複数持つ】

人との距離感を整えるうえで、相談できる人を複数持つことも大切でした。

苦しいとき、誰か一人にすべてを分かってもらいたくなることがあります。

この人なら分かってくれるかもしれない。

この人に受け止めてもらえたら安心できるかもしれない。

そんなふうに思うこともあります。

けれど、一人の人にすべてを背負ってもらおうとすると、相手にも自分にも負担が大きくなってしまうことがあります。

相手の反応を待ちすぎてしまう。

返事が来ないことに強く揺れてしまう。

相手の言葉一つで、自分の気持ちが大きく上下してしまう。

そうなると、その関係自体が苦しくなってしまうこともあります。

だから私は、相談できる相手や場所を複数持つことが大切だと思うようになりました。

医師には、症状や治療のことを相談する。

支援者には、生活や働き方のことを相談する。

職場の人には、仕事上必要なことを相談する。

話しやすい人には、気持ちの整理を手伝ってもらう。

それぞれの人に、それぞれの役割があります。

一人の人に全部を分かってもらわなくてもいい。

一つの場所にすべてを求めなくてもいい。

役割ごとに頼ることで、自分も相手も少し楽になります。

それは、関係を冷たく分けるということではありません。

むしろ、関係を長く続けるために、負担を分散することだったのだと思います。

【大切な人ほど、距離感が必要なこともある】

人との距離感というと、苦手な人や合わない人から離れる話だけに思えるかもしれません。

けれど私にとっては、大切な人との距離感も大きな課題でした。

好きな人。

信頼している人。

もっと話したい人。

分かってほしい人。

そういう相手ほど、近づきすぎて苦しくなることがあります。

相手の反応を待ちすぎてしまう。

相手の言葉に大きく揺れてしまう。

相手にどう思われているのかを考え続けてしまう。

大切だからこそ、少しのすれ違いが大きく感じられることもあります。

私は、人との関係を軽く扱いたいわけではありません。

むしろ、関係を大切にしたいからこそ、深く考えすぎてしまうことがあります。

相手を大切にしたい。

ちゃんと向き合いたい。

雑に扱いたくない。

そう思う一方で、近づきすぎると、自分も相手も苦しくなることがあります。

だから、大切な人との関係ほど、「どのくらいの距離なら続けられるか」を考える必要があるのだと思います。

近づくことだけが、関係を大切にすることではありません。

少し距離を整えること。

待ちすぎないようにすること。

相手の反応だけで、自分の価値を決めないようにすること。

苦しくなりすぎる前に、自分の生活に戻ること。

そうしたことも、大切な関係を続けるためには必要なのだと思います。

距離を取ることは、愛情がないということではありません。

大切だからこそ、壊れない距離に整える。

そういう関係の守り方もあるのだと思います。

【仕事や趣味との距離感も大切だった】

距離感が必要なのは、人間関係だけではありませんでした。

私にとっては、仕事や趣味との距離感も大切でした。

仕事は、生活を支えるうえで大切なものです。

自分で生活を進めている感覚にもつながります。

けれど、仕事に近づきすぎると、生活全体が仕事に飲み込まれてしまうことがあります。

無理をしてでも頑張らなければいけない。

迷惑をかけてはいけない。

もっとできるようにならなければいけない。

そう思いすぎると、疲れや不調に気づくのが遅れてしまうことがあります。

趣味も同じです。

好きなことは、自分を支えてくれる大切なものです。

ゲームをすること。

文章を書くこと。

散歩すること。

お茶を飲むこと。

生き物を眺めること。

そうした時間は、私にとって安心や回復につながります。

けれど、好きなことでも、やりすぎると疲れてしまうことがあります。

楽しいことでも、生活リズムが崩れるほど近づきすぎると、あとから反動が出ることもあります。

だから、仕事も趣味も、人間関係と同じように、距離感が大切なのだと思います。

大切なものだからこそ、長く付き合える距離にする。

自分を支えてくれるものが、自分を追い込むものにならないようにする。

それも、私にとっては生きる工夫でした。

【人との距離感を整えることは、弱さではなく生きる工夫だった】

人との距離感を整えることは、誰かを拒絶するためだけのものではありませんでした。

自分が壊れきらないようにするため。

自分を雑に扱わない関係を選ぶため。

安心できる人との関係を、長く続けていくため。

そして、自分の生活や心を守るために必要な工夫だったのだと思います。

全員に理解されなくてもいい。

合わない人とは距離を取ってもいい。

自分を雑に扱う人に、心を預けすぎなくてもいい。

相談できる人を複数持ってもいい。

大切な人とも、続けられる距離を探していい。

仕事や趣味とも、生活を壊さない距離で付き合っていい。

そう思えるようになってから、少しだけ呼吸がしやすくなった気がしています。

もちろん、今でも人間関係で揺れることはあります。

傷つくこともあります。

相手の言葉や態度を、何度も思い返してしまうこともあります。

それでも以前よりは、自分の感覚を無視してまで、誰かに合わせ続けなくてもいいと思えるようになりました。

私はこれからも、自分を雑に扱わない関係を選びながら、人との距離感を整えて生きていきたいと思っています。

生活を整えること。

考え方を工夫すること。

人との距離感を整えること。

それらは、障害を抱えて生きるうえで、私にとって大切な支えでした。

まだ完全にうまくできているわけではありません。

それでも、自分が壊れにくい形を探しながら、少しずつ生き方を整えていきたいと思っています。

【最後に】

生活を整えること。

考え方を工夫すること。

人との距離感を整えること。

それらは、障害を抱えて生きるうえで、私にとって大切な支えでした。

けれど、生きていくために必要だったのは、負荷を減らすことだけではありませんでした。

苦しさから距離を取るだけではなく、自分を少しずつ回復させてくれる時間や場所を持つことも、私にとっては大切でした。

ゲームをすること。

散歩をすること。

カフェでお茶を飲むこと。

水族館や動物園、植物園に行くこと。

手芸をすること。

文章を書くこと。

誰かの評価のためではなく、自分のためだけに過ごす時間を持つこと。

そうした好きなことや安心できる場所は、ただの気晴らしではありませんでした。

私にとっては、疲れた心を少しずつ立て直し、「まだ生きていてもいい」と思える感覚を取り戻すための、大切な避難所だったのだと思います。

次回は、障害を抱えて生きるうえで大切だった「好きなことを回復の場所にすること」について書いてみようと思います。

シリーズコラム

■第一回『障害と生きる』――私にとっての、「障害を抱えて生きる」ということ

https://kokotomo.com/745131

■第二回『障害と生きる』――生き延びるために、まず生活を固める

https://kokotomo.com/746483

■第三回『障害と生きる』――考え方を工夫すること

https://kokotomo.com/747544

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