第六回『障害と生きる』――頑張る場所より、続けられる形を探す
visibility19 edit2026.06.07
【前回の振り返り】
前回は、好きなことや安心できる場所を、回復の場所にすることについて書きました。
ゲームをすること。
散歩をすること。
カフェでお茶を飲むこと。
水族館や動物園、植物園に行くこと。
手芸をすること。
文章を書くこと。
そうした時間は、私にとって、ただの気晴らしではありませんでした。
問題をすぐに解決するためではなく、消耗しすぎた自分を少しずつ立て直すための時間でした。
障害を抱えて生きていくうえで、生活を整えること、考え方を工夫すること、人との距離感を整えること、回復できる場所を持つことは、どれも大切な工夫でした。
ただ、それだけでは難しい場面もありました。
特に、働くことや、人を支える活動については、「頑張れば何とかなる」と考えるだけでは、うまくいかないことがありました。
今回は、私にとって大切だった「続けられる働き方や活動の形を探すこと」について書いてみようと思います。
【働くことも、形を調整する必要があった】
私にとって、働くことは大切なことです。
収入を得ること。
生活を進めること。
社会とのつながりを持つこと。
自分にもできることがあると感じること。
そうした意味で、働くことは生活の支えにもなります。
けれど、自分に合わない働き方を続けると、生活全体が崩れてしまうこともありました。
無理な勤務時間。
合わない職場環境。
過度な業務量。
相談しづらい人間関係。
自分の特性をうまく伝えられない状態。
そうしたものが重なると、気持ちだけでは耐えきれなくなることがあります。
私もこれまで、働く中で何度も無理をしてきました。
もっと頑張らなければいけない。
迷惑をかけてはいけない。
周りと同じようにできなければいけない。
そう思って、自分の限界に気づくのが遅れたこともありました。
けれど、無理を続けた結果、生活リズムが崩れたり、心身の調子を大きく崩したりすることがありました。
だから今は、働くことそのものだけでなく、「どんな形なら続けられるのか」を考えるようになりました。
【「できる仕事」と「続けられる仕事」は違う】
働き方を考える中で、私にとって大切だったのは、「できる仕事」と「続けられる仕事」は違うということでした。
その場では頑張ればできることがあります。
短期間なら耐えられることもあります。
周りに合わせて、無理をすれば何とかこなせることもあります。
けれど、それが長く続けられるかどうかは、また別の問題でした。
できるかどうかだけで仕事を選ぶと、自分の限界を見落としてしまうことがあります。
本当は大きな負荷がかかっているのに、「できているのだから大丈夫」と思ってしまう。
本当は疲れがたまっているのに、「まだ働けているのだから問題ない」と考えてしまう。
そうしているうちに、気づいたときには大きく崩れていることがありました。
だから私は、「できる仕事」だけではなく、「続けられる仕事」を考えることが大切だと思うようになりました。
自分の特性に合っているか。
相談できる環境があるか。
勤務時間や業務量に無理がないか。
生活リズムを保てるか。
通院や休息の時間を確保できるか。
長く続けていくためには、そうしたことも大切でした。
働くことは、ただ頑張ることだけでは続かないのだと思います。
続けるためには、自分に合った形を探すことが必要でした。
【特性を開示するか、支援を使うかを考える】
働き方を調整するうえで、自分の障害や特性をどこまで伝えるかも、大きな課題でした。
障害のことを伝えることで、配慮を受けやすくなることがあります。
一方で、伝えることへの不安もあります。
どう受け取られるのか。
不利にならないか。
理解してもらえるのか。
偏見を持たれないか。
そうした不安を感じることもありました。
だから、開示するかどうかは、簡単に決められるものではないと思います。
私自身も、その時々の状況に合わせて考えてきました。
障害者雇用を選ぶこと。
支援機関につながること。
ハローワークや障害者就業・生活支援センターに相談すること。
職場に必要な範囲で自分の状態を伝えること。
そうした選択をしながら、自分に合う働き方を探してきました。
もちろん、支援を使えばすべてがうまくいくわけではありません。
支援者との相性もあります。
職場の理解にも差があります。
制度を使うにも、手続きや説明の負担があります。
それでも、一人で抱え込むよりは、使える支えにつながることで、少しずつ道が見えてくることがありました。
障害や特性を伝えることは、自分の弱さをさらけ出すことではないと思います。
自分が長く働き続けるために、必要な情報を整理して伝えること。
そして、自分に合った環境を探していくこと。
それも、生活を守るための工夫だったのだと思います。
【一人で抱え込まない働き方】
働くことや就職活動を、一人ですべて抱え込むのは、とても大変なことでした。
求人を探すこと。
応募書類を作ること。
面接を受けること。
自分の特性をどう伝えるか考えること。
職場で困ったときに相談すること。
制度や手続きを進めること。
それらを全部一人でやろうとすると、すぐに余力がなくなってしまいます。
私も、支援機関や医療、ハローワークなど、いろいろなつながりを使いながら、働き方を考えてきました。
誰かに相談することで、自分では見えていなかった選択肢に気づくことがあります。
一人で考えていると、「もう無理だ」と感じることでも、誰かと整理すると、次にできることが見えてくることがあります。
働くことは、自分一人の努力だけで成り立つものではないのだと思います。
職場の環境。
支援とのつながり。
生活の土台。
自分の特性への理解。
周囲との相談のしやすさ。
そうしたものが合わさって、ようやく続けられる形になっていくのだと思います。
だから、働き方を考えるときには、一人で抱え込みすぎないことも大切でした。
【人を支える活動も、自分が壊れない範囲で】
働くことだけではなく、人を支える活動についても、形を調整する必要がありました。
私は、人の話を聞いたり、気持ちを受け止めたり、一緒に整理したりすることに関心があります。
誰かの苦しさが少しでも軽くなればいいと思うこともあります。
けれど、人を支える活動も、自分が壊れるほど抱え込んでしまっては続きません。
相手の苦しさを受け取りすぎること。
自分の生活を後回しにしてしまうこと。
返事をしなければ、助けなければ、役に立たなければと思いすぎること。
そうした気持ちが強くなると、自分自身の余力が削られていくことがあります。
人を支えたい気持ちは、大切なものだと思います。
でも、その気持ちだけで動き続けると、どこかで無理が出ることがあります。
だから私は、人を支える活動も、自分が壊れない範囲で形を考える必要があると思うようになりました。
すぐに返事をしなければいけないと思いすぎないこと。
一人ですべてを背負おうとしないこと。
自分の体調や生活を確認すること。
今の自分にできる範囲を考えること。
支える側の自分にも、休む時間や回復する時間が必要だと認めること。
それは、相手を軽く扱うことではありません。
むしろ、長く誠実に関わるために必要なことだと思います。
自分の生活を壊してまで誰かを支えようとすると、結果的に続けることが難しくなってしまいます。
だから、人を支える活動にも、続けられる形が必要でした。
【役に立つことより、まず生活を維持する】
私は、誰かの役に立ちたいと思うことがあります。
仕事でも、人との関わりでも、相談活動でも、誰かにとって少しでも意味のある存在でありたいと思うことがあります。
けれど、役に立つことを優先しすぎると、自分の生活が後回しになってしまうことがあります。
自分の睡眠。
食事。
通院。
服薬。
休息。
仕事。
生活の手続き。
自分のための時間。
そうしたものを削ってまで、誰かのために動こうとしてしまうことがあります。
でも、私にとってまず大切なのは、自分の生活を維持することでした。
生活が崩れてしまうと、働くことも、人と関わることも、誰かを支えることも難しくなります。
余力がない状態で誰かを支えようとすると、自分も苦しくなり、相手との関係も苦しくなることがあります。
だから今は、「役に立つこと」よりも前に、「生活を維持すること」を大切にしたいと思っています。
それは、自分勝手になるということではありません。
自分の生活を守ることは、長く働くためにも、誰かと関わるためにも、人を支えるためにも必要な土台です。
生活があるから、余力が生まれる。
余力があるから、人に寄り添える。
そう考えるようになりました。
【続けられる形を探すことは、弱さではなく生きる工夫だった】
働き方や活動の形を調整することは、私にとって大切な生きる工夫でした。
無理な働き方を続けないこと。
「できる仕事」だけでなく、「続けられる仕事」を考えること。
必要に応じて、自分の特性を伝えること。
支援機関や制度につながること。
一人で抱え込まないこと。
人を支える活動も、自分が壊れない範囲で続けること。
役に立つことより、まず生活を維持すること。
それらは、逃げでも甘えでもありませんでした。
自分の特性や状態を理解したうえで、自分が長く生きていくために必要な調整だったのだと思います。
頑張ることは大切です。
けれど、頑張る場所や頑張り方を間違えると、生活が崩れてしまうことがあります。
だから私は、ただ頑張ることよりも、続けられる形を探していきたいと思っています。
働くことも、人と関わることも、誰かを支えることも。
自分が壊れない形で続けられるように、これからも少しずつ調整していきたいです。
【このシリーズを振り返って】
ここまで、「障害と生きる」というテーマで、私自身の体験や工夫を書いてきました。
障害特性による苦しさ。
生活を固めること。
考え方を工夫すること。
人との距離感を整えること。
好きなことを回復の場所にすること。
そして、働き方や役割を調整すること。
どれも、私にとっては生きていくために必要な工夫でした。
もちろん、これで何かが完成したわけではありません。
今でも、落ち込む日があります。
考えすぎてしまう日があります。
人間関係で揺れることもあります。
生活や仕事のことで不安になることもあります。
それでも、以前よりは少しだけ、自分に合わない形に無理に合わせ続けなくてもいいと思えるようになりました。
普通に近づくことより、自分が壊れにくい形を探すこと。
一人で抱え込むより、使える支えにつながること。
耐えるだけではなく、回復できる場所を持つこと。
役に立つことより、まず生活を維持すること。
そうした一つひとつが、私にとっての「障害を抱えて生きる」ということなのだと思います。
私はまだ、自分に合った生き方を探している途中です。
これからも悩むことはあると思います。
うまくいかない日もあると思います。
それでも、自分を責めるだけで終わらせず、少しずつ形を見直しながら、生き方を整えていきたいです。
このシリーズが、同じように障害や生きづらさを抱えている誰かにとって、「自分も少し工夫しながら生きていっていいのかもしれない」と思えるきっかけになれば嬉しいです。
シリーズコラム
■第一回『障害と生きる』――私にとっての、「障害を抱えて生きる」ということ
https://kokotomo.com/745131
■第二回『障害と生きる』――生き延びるために、まず生活を固める
https://kokotomo.com/746483
■第三回『障害と生きる』――考え方を工夫すること
https://kokotomo.com/747544
■第四回『障害と生きる』――人との距離感を整えること
https://kokotomo.com/748259
■第五回『障害と生きる』――好きなことを、回復の場所にすること
https://kokotomo.com/750504
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