郁の日記『社会に出ていく』
visibility40 edit2024.03.01
これは自分への戒め、回顧録、忘れないために書くものです。
決して他の人を傷つけようと思って書いてはいません。自分自身に思ったことを書いてます。
今日、飲食店に行ったら、中学校の時の同級生の人がバイトしてた。ネームプレートも、その人の苗字だし、でも、顔が随分大人びていて、身長もすごく高く見えた。
会計が済んで、話しかけてみたら、そうだった。やっぱり同級生の人だった。
束の間、中学校の縁を感じて、懐かしい感じがした。
それよりも、帰宅した時、「あれでいいんだ」って思った。
きれいな心じゃないといけない気がして、ずっとその心を続けられるように、天然のふりをして過ごしていた。精神年齢もたぶん中1と変わっていないんじゃないか。ここでは高一の私だけど、クラスの中ではそうやって猫被ってた。そうでもしてないと、純粋な心が汚れていきそうで怖かった。
これはもう、自分の意見でしかないけれど、バイトしていた元同級生をみて、私は、逃げていたんだと思った。そう確信した。自分の殻に閉じこもっていたんだ。
忘れそうだから、今のうちに書き留めていく。
彼女はとてもかっこよかった。社会に出るって、こういうことなんだ。彼女のお姉さんかと見間違えた、大人に見えた。ちょっと今は形容し難い。でも、なにか、感動を覚えた。
堂々としなきゃと思った。
何が「自分は、自分は」だ。そうやって、殻に閉じこもって、ずっと成長してないんだ、郁は。
同じ年齢なのに、これだけ見違えるのは、自分から行っている人なんだ。働いて、給料稼いで、同じ年の人なのに、これだけ違うんだ。自分は、甘えていたんだ。毎日アーモンドチョコを買うのはもう止めるよ。どれだけ自分は、どれだけ自分は、もう、いいかげん成長しろよ。
きれいな心を盾に使って、そうやって依然とするな。
もう、きれいな心は、気にしなくていいんだよ。犯罪で逮捕されなければ、別に、もう、そうやって縛るのはやめよう。
かっこよかったから。社会の難しいことに入っていくことは、かっこいいとわかったから。
私は、そうするよ。社会の人間になるよ。
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