うみのの日記『私の営みの外で』
visibility211 edit2025.01.09
日々の暮らしに追われている時、もうひとつの別の時間が流れている。それを悠久の自然と言っても良いだろう。そのことを知ることができたなら、いや想像でも心の片隅に意識することができたなら、それは生きてゆくうえでひとつの力になるような気がするのだ。『長い旅の途上』(星野道夫)
多忙な日々。学業や仕事、否。ただ生きているだけで、人はあらゆるリソースを消費し、まるで死にゆく間際のカゲロウのように、一日一日を乗り越え続ける。
夜道を歩くと、ガラス窓から暖色の光が零れ落ちていることに気づく。私とは違う誰かが、その窓の奥で、今日も確実に生きていることを実感する。
世界の裏側では、私の知らない生命の営みが存在する。この文章を書く今も、南極のペンギンは勇敢にも海に飛び込んでいるだろう。シロクマは氷上を歩き、シャチは仲間と狩りをしているだろう。
苦しみのさなかにいる時、私は私に閉じ込められる。抜け出せない思考、やめられない自責、考えたくもないトラウマ。私が私を不自由にし、呪い続け、牢獄の中で日々が過ぎ去る。
しかし、そんな私を知る由もなく、淡々と進み続ける日常がある。私の苦しみの裏には、まだ見ぬ景色が、壮大な宇宙のスクリーンに流れ続けている。
そんなことを知れば、少しは生きることができるのではないだろうか。私の外には開かれた世界があり、広がり続ける宇宙がある。私達は生きて死ぬまで自由だ。不自由な私から離れ、自由な世界に足を踏み出してみる。私の営みは広い宇宙のどこかで、まだ見ぬ何かときっと繋がっているはずだ。
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