あ めの日記『あ め の 人 生 ‎‪𓍯 ‬』

皆さんこんにちは、あ め です。
本日は前回に引き続き【持続性抑うつ障害】になるまでの当時の状況だったりを書き残します。

今回は中学生時代のときの あ め です。
よろしければご覧ください。

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親に自傷行為がバレて泣かれたことで、回数が次第に減った私はそのまま中学へあがりました。

中学は3つの小学校から入学生が集まります。なので、私にとって新たな友達を作るチャンスでした。

部活動も始まります。ただ、私は勉強も運動も苦手なので悩んでいました。
当時中3の姉がいたのですが、勝手に中2の放送部の方に「妹が入るからよろしく」と言ったのが理由で、放送部に入部することになりました。

放送部では同じ小学校からの人もいれば別の小学校からの人もいました。
私は姉のおかげか、先輩たちから非常に良くしてもらっていました。
ただ、それが原因で同級生とはあまりうまくいきませんでした。

部内で少しいじめのようなものがあった際、私は関わらないようにしていたのですが同級生が顧問に「〇〇(私)が悪口を言い出しました」と言ったそうです。

そこから私は顧問と話し合いをし、無実を伝えましたが無視していたのも立派ないじめだ、と言われ謹慎を受けました。

謹慎解除後、体育祭の音楽だったり給食時に流す音楽だったりのCDを焼こうという話になっていて、「PC操作出来るから私がやるよ」と申し出をしCDを焼いていました。
CDのお金を集金しようとしたところ、話をそらされて結局全て私のお金で何枚もつくりました。
(↑最初にCD代は出すと言われていました。)

その後も放送部内では必要最低限の会話しかせず、私は浮いた存在だったことを覚えています。

この頃から「自分は必要とされていない人間」という認識を薄ら持ち始めました。

一方、部活以外の学校生活は割と上々でした。
友達は少なかったですが、恵まれていた方だと思います。

そんなある日、仲の良かった子が下校途中の用水路で猫を助けたそうです。
その子の家には既に先住猫ちゃんがいて、猫ちゃんの行き場が迷子になっていました。
私は猫が苦手だったのですが、覚悟を決め親に頼み込み、その猫ちゃんを自宅へ連れて帰ることにしました。

ただ、猫ちゃんを連れて帰った日から何故かその友人の態度が一変しました。
話しかけても無視、貸してたものがあったから返して欲しいと頼んでも無視。
私は何か嫌われるようなことをしてしまったのだろうか、と思い謝りましたがそれも無視でした。

もう仲良くなるのは無理だ。と思い私から話しかけることをやめました。

さて、学年はどんどん上がり3年生です。
進路を決めなければいけません。

私は頭が悪いので、かなり限られていました。
1つ目は地元の公立高校。2つ目は少し遠いけどたくさんの専門コースがある私立高校。
この2つの選択肢に悩んでおりました。

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長くなってしまったので今回はここまで。
次回は高校選択とその理由について書き残したいと思います。

favorite読んでくれた人へのメッセージ

今回は中学校編でした。読んでいただいてありがとうございました。

人間関係を築くのが下手な私。中学以降は自分を貶すことが増えてしまいます。

今でも「自分は都合のいいように扱われる人間」という認識があります。
いつか向き合える日が来るのでしょうか。

次回もお楽しみに。

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