ゆめの日記『他人を守る力と自分を守る力』
visibility16 edit2026.04.14
他者を守る力
• 相手の困りに気づく
• 相手の気持ちを想像する
• 場を荒らさないようにする
• 傷ついている人をかばう
• 相手の事情を汲む
自分を守る力
• 嫌なことを嫌と言う
• 境界線を引く
• 無理な役割を引き受けすぎない
• 違和感を違和感として扱う
• 「相手が困ってても、これは私が背負うことじゃない」と分ける
この2つ、どっちも「守る力」なのに、実際は別筋肉なんだよね。
だから、片方だけ発達することがある。
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偏りが起きるとどうなるか
1. 他者を守る力が強くて、自分を守る力が弱い人
こういう人の内側では、
• 相手の苦しさはすぐ見える
• 相手の事情を汲みすぎる
• 相手を悪者にしない努力をしすぎる
• 場が壊れることを怖がる
• 自分が我慢すれば丸く収まると思いやすい
その結果、
• 傷つけられても「でも相手にも事情が…」となる
• 不当な扱いでもすぐ抗議できない
• 相手の未熟さの尻ぬぐいをしやすい
• 加害者側の心まで守ろうとしてしまう
• 自分の傷が後回しになる
これは優しさでもあるけど、同時に
自分の防衛だけ置き去りにされた優しさ でもある。
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2. 自分を守る力が強くて、他者を守る力が弱い人
逆にこのタイプは、
• 自分の不快にはすぐ反応できる
• 自分の立場や安全を確保するのが早い
• 面倒や負担を切り離すのが早い
• 相手の事情を読む前にシャットアウトしやすい
その結果、
• 相手を雑にラベリングする
• 「厄介な人」「面倒な人」で処理する
• 場を守るために誰かを切る
• 自分たちの平穏を優先して、弱い側をこぼす
こっちは一見しっかりして見えるけど、実は
防衛が自分サイドに偏りすぎている状態 とも言える。
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じゃあ、この偏りの正体は何か
私はいくつかあると思う。
① 守る対象の学習が偏っている
子どもの頃から
• 人に迷惑をかけないことは教わった
• 空気を読むことは教わった
• 怒らせないことは覚えた
• でも「自分を守っていい」は育たなかった
こういう人は、
他者配慮は覚えたけど、自己防衛の許可が出ていない。
逆に、
• とにかく自分が傷つかないことを優先する環境
• 責任転嫁の強い環境
• 弱さを出す人を切る文化
で育つと、
自己防衛だけ先に育って、他者保護が育ちにくい。
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② 「良い人」の定義がねじれている
たとえば
• 我慢できる人が良い人
• 許せる人が大人
• 相手の事情をわかる人が偉い
• 揉めない人が正しい
みたいな価値観が強いと、
自分を守る行為が「冷たい」「わがまま」に感じやすい。
すると、他者を守る力ばかり使って、
自分を守る瞬間だけブレーキがかかる。
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③ 自分の痛みを後回しにする癖
これはかなり大きい。
• 本当は傷ついてる
• でもその場では感じない
• 先に相手の都合を考える
• 後からどっと苦しくなる
このタイプは、
自分の痛みを感知するセンサーが鈍いんじゃなくて、後回しにする癖が強い。
つまり壊れているというより、
順番がいつも「相手→場→自分」になってる。
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④ 自分を守ると関係が壊れる記憶
過去に
• 嫌だと言ったら怒られた
• 境界線を引いたら見捨てられた
• 抗議したら面倒な人にされた
こういう経験があると、脳は
自分を守る=危険
として学習しやすい。
その結果、他者を守る方に流れやすい。
今日よかったこと♪
こっちは摩擦が少ないから。
でも実際には、それで守れているのは関係じゃなくて、
相手の都合 だけだったりする。
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偏りがあると何が起こるか
他者を守る力に偏ると、
• 加害者の事情ばかり見える
• 自分の怒りに罪悪感が混ざる
• 不当なことを不当と言うのが遅れる
• 限界まで耐えてから崩れる
自分を守る力に偏ると、
• 弱い人を切り捨てやすい
• 誤解を修正しない
読んでくれた人へのメッセージ
• ラベリングで処理する
• 「こちらにも限界がある」で思考停止しやすい
つまりどちらも偏ると危ない。
理想は、
他者を守れるけど、自分も守れる
自分を守れるけど、他者も雑に切らない
この両輪なんだと思う。
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