ピューレの日記『自分に戻る時間』

最初は「今日は何もしていないな」と思った。
けれど、少し振り返ってみると、そうでもなかった。
交流会の中で人と話した。 ゲームをしながら人と話した。 コラムを書きながら人と話した。
今日も色々な人と関わっていた。

それでも今は、一人だ。
窓の外から聞こえるのは鳥のさえずりと、道路を走る車のタイヤが地面を擦る音だけ。

頭の中では、
誰々と話したいな。
次はどの活動を活発化させようかな。
どんなコラムを書こう。
どんなメルマガを書こう。
どんな小説を書こう。
勉強はどう進めよう。
そんな考えが、次々と浮かんでは流れていく。
何か一つを決めるわけではない。
ただ、「そんなことを考えているな」と眺めている。

もしかしたら、こういう時間が「自分に戻る時間」なのかもしれない。
誰かと話している自分ではない。
誰かのために気を張っている自分でもない。
相談員でもない。
メルマガ担当でもない。
コラムを書く人でもない。
誰かを励まそうとしている自分でもない。
ただ、自分としてそこにいる時間。

存在を証明しなくていい。
誰かの役に立たなくていい。
何かを成し遂げなくてもいい。
今日という一日を、ただ過ごしているだけでいい。
そんな時間。

私は人と話すことが好きだ。
誰かの話を聞くことも好きだ。
寄り添いたいと思うことも多い。
けれど、それと同じくらい、自分の時間も必要なのだと思う。

人と関わる時間が終われば、人はそれぞれの生活へ戻っていく。
交流会で話した人も。
ゲームで遊んだ人も。
ココトモで関わる人も。
それぞれが自分の暮らしへ帰っていく。
きっと今頃、誰かは家事をしていて、誰かはご飯を食べていて、誰かは動画を見ていて、誰かはお風呂に入っている。
みんなそれぞれ、自分の時間を過ごしているのだろう。
私もまた、自分の時間に戻っている。

そして、こんなことも思った。
仮に何かを行ったとしても、誰かに届かなくていい。
何か大きな成果にならなくてもいい。
たくさんの人に読まれなくてもいい。
もしひとりに届いたのなら素晴らしい。
もしひとつでも届いたのなら有難い。
もし誰にも届かなかったとしても、それで自分の価値がなくなるわけではない。
そんなふうに考えられる時間でもあった。

自分に戻る時間。
それは、何かを証明しなくていい時間。
成功の条件を少し緩める時間。
存在しているだけでいいと思い出す時間。
そして、人とのつながりを手放す時間ではなく、人との時間から自分の時間へ帰ってくる時間なのかもしれない。

そうしているうちに、鳥の声は虫の音へと変わっていった。

今日もまた、私は静かな時間の中で、自分のところへ帰ってきた。

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皆さんは、自分に戻れる時間はありますか?

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