ピューレの日記『自分に戻る時間』
visibility23 edit2026.06.14
最初は「今日は何もしていないな」と思った。
けれど、少し振り返ってみると、そうでもなかった。
交流会の中で人と話した。 ゲームをしながら人と話した。 コラムを書きながら人と話した。
今日も色々な人と関わっていた。
それでも今は、一人だ。
窓の外から聞こえるのは鳥のさえずりと、道路を走る車のタイヤが地面を擦る音だけ。
頭の中では、
誰々と話したいな。
次はどの活動を活発化させようかな。
どんなコラムを書こう。
どんなメルマガを書こう。
どんな小説を書こう。
勉強はどう進めよう。
そんな考えが、次々と浮かんでは流れていく。
何か一つを決めるわけではない。
ただ、「そんなことを考えているな」と眺めている。
もしかしたら、こういう時間が「自分に戻る時間」なのかもしれない。
誰かと話している自分ではない。
誰かのために気を張っている自分でもない。
相談員でもない。
メルマガ担当でもない。
コラムを書く人でもない。
誰かを励まそうとしている自分でもない。
ただ、自分としてそこにいる時間。
存在を証明しなくていい。
誰かの役に立たなくていい。
何かを成し遂げなくてもいい。
今日という一日を、ただ過ごしているだけでいい。
そんな時間。
私は人と話すことが好きだ。
誰かの話を聞くことも好きだ。
寄り添いたいと思うことも多い。
けれど、それと同じくらい、自分の時間も必要なのだと思う。
人と関わる時間が終われば、人はそれぞれの生活へ戻っていく。
交流会で話した人も。
ゲームで遊んだ人も。
ココトモで関わる人も。
それぞれが自分の暮らしへ帰っていく。
きっと今頃、誰かは家事をしていて、誰かはご飯を食べていて、誰かは動画を見ていて、誰かはお風呂に入っている。
みんなそれぞれ、自分の時間を過ごしているのだろう。
私もまた、自分の時間に戻っている。
そして、こんなことも思った。
仮に何かを行ったとしても、誰かに届かなくていい。
何か大きな成果にならなくてもいい。
たくさんの人に読まれなくてもいい。
もしひとりに届いたのなら素晴らしい。
もしひとつでも届いたのなら有難い。
もし誰にも届かなかったとしても、それで自分の価値がなくなるわけではない。
そんなふうに考えられる時間でもあった。
自分に戻る時間。
それは、何かを証明しなくていい時間。
成功の条件を少し緩める時間。
存在しているだけでいいと思い出す時間。
そして、人とのつながりを手放す時間ではなく、人との時間から自分の時間へ帰ってくる時間なのかもしれない。
そうしているうちに、鳥の声は虫の音へと変わっていった。
今日もまた、私は静かな時間の中で、自分のところへ帰ってきた。
読んでくれた人へのメッセージ
皆さんは、自分に戻れる時間はありますか?
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