リカバリー概念とピアサポート完全ガイド|精神保健における『治す』から『生きる』へのパラダイム転換

リカバリー概念とピアサポート完全ガイド|精神保健における『治す』から『生きる』へのパラダイム転換

「症状がなくなることが、回復のゴールだと思っていた」
「薬を一生飲み続ける人生に、希望を持っていいのだろうか」
「再発したら、これまで歩いてきた道はすべて無駄になるのか」

精神疾患を抱える当事者・家族・支援者の多くが、長く問い続けてきた問いです。20世紀後半までの精神医療は「症状の消失(cure)」を最終目標に据え、それが達成できない人を「慢性化した患者」として位置づけてきました。しかし、1980年代の米国で当事者運動から立ち上がった「リカバリー(Recovery)」という新しい概念は、この前提そのものを大きく揺さぶります。

リカバリーとは、症状や障害が残っていても「自分らしい人生を取り戻していくプロセス」のこと。1993年に精神科リハビリテーションの研究者William A. Anthonyが論文「Recovery from Mental Illness」で定式化して以来、世界の精神保健政策の中心的な理念となり、日本でも2000年代以降、WRAP・IPS・リカバリーカレッジ・オープンダイアローグなど多様な実践が広がってきました。

この記事では、ココトモが地域精神保健・就労支援・ピアサポートの現場で出会ってきた声をもとに、リカバリー概念の原典から、CHIMEフレームワーク、代表的な5つのツール、ピアサポーターの役割、日本での実践、そして概念そのものへの批判まで、丁寧に整理しました。「治す」から「生きる」へのパラダイム転換が、いま現場で何を意味しているのか——その全体像を一緒に確かめていきましょう。

📌 この記事でわかること

  • William A. Anthony(1993)が定式化したリカバリーの古典的定義と、医学モデルとの違い
  • Leamy et al.(2011)のメタ分析が抽出したCHIME(5要素:Connectedness/Hope/Identity/Meaning/Empowerment)
  • 米国当事者運動から日本への展開——WRAP・IPS・リカバリーカレッジ・オープンダイアローグ・ストレングスモデルの代表5ツール
  • 「リカバリーロールモデル」としてのピアサポーターの存在がなぜ決定的に重要なのか
  • リカバリー志向のケアを実現する5ステップと、現場で陥りやすい誤解5選
  • 新自由主義との接続・医療否定との混同など、リカバリー概念への批判もフラットに紹介

リカバリーとは|Anthony(1993)による古典的定義

リカバリーという言葉は日常語としては「回復」と訳されますが、精神保健領域では特別な意味を持ちます。1993年、米国ボストン大学の精神科リハビリテーション研究者William A. Anthonyが、当事者の手記・研究文献を統合し、論文「Recovery from Mental Illness: The Guiding Vision of the Mental Health Service System in the 1990s」(Psychosocial Rehabilitation Journal, 16(4))で、次のような古典的定義を示しました。

📖 Anthony(1993)によるリカバリーの定義(要旨)

リカバリーとは、態度・価値観・感情・目標・スキル・役割の変化を含む、きわめて個人的でユニークなプロセスである。それは病気による制限があっても、満足感をもって、希望に満ち、人の役に立てる人生を生きる道筋である。精神疾患の破壊的な影響を乗り越えながら、新しい人生の意味と目的を発展させていくことがリカバリーである。

「治る」と「リカバリー」は別物である

この定義の革新性は、「症状の消失(cure)」とリカバリーを切り離した点にあります。Anthonyは、症状や障害が残っていても、人は人生の主役として生きていける——その営みそのものをリカバリーと呼んだのです。
病気を治すのは医療の責任ですが、人生を取り戻すのは本人自身のプロセスです。支援者の役割は、本人がそのプロセスを歩めるよう環境を整え、希望を分かち合い、選択を支えることに移ります。

当事者から始まった概念であること

リカバリーは学者が机上で構築した理論ではありません。1980年代の米国で、長く施設収容を経験した精神障害当事者たちが、自らの体験を語り、手記を出版し、運動を起こすなかから立ち上がってきた「下から」の概念です。Patricia Deegan、Judi Chamberlinら当事者リーダーの実践と発信がなければ、Anthony(1993)の定式化もありえませんでした。
この「当事者起源」という性質が、リカバリーをただの治療目標ではなく、権利・自己決定・市民性と切り離せない理念にしているのです。

出典:Anthony, W. A. (1993). Recovery from Mental Illness: The Guiding Vision of the Mental Health Service System in the 1990s. Psychosocial Rehabilitation Journal, 16(4), 11-23./Deegan, P. E. (1988). Recovery: The Lived Experience of Rehabilitation.

医学モデル vs リカバリーモデル|何が違うのか

リカバリーモデルは、医学モデル(biomedical model)を否定するものではなく、その上に重ねて発展した別の視座です。両者の違いを軸ごとに整理すると、現場でどちらの言葉が使われているかが見えてきます。

医学モデル リカバリーモデル
ゴール 症状の消失・寛解(cure / remission) 自分らしい人生を取り戻すプロセス
主体 医療従事者(診断・治療する側) 当事者本人(自己決定する主体)
知の源泉 診断基準・エビデンス・専門知 体験的知(experiential knowledge)の重視
関係性 医療者→患者の縦の関係 当事者・専門職・ピアの水平な協働
時間軸 急性期治療→慢性化の管理 生涯にわたる個別の旅路
言葉づかい 患者・症状・障害・問題行動 当事者・体験・ストレングス・希望
成功の指標 再発率・服薬遵守率・入院日数 本人にとっての満足感・役割・つながり

重要なのは、両者は対立ではなく補完関係にあるということです。急性期には医学モデルに基づく治療が不可欠ですし、リカバリーモデルの実践のなかでも薬物療法や心理療法は重要な道具として位置づけられます。違いは「ゴール設定」と「主体は誰か」にあります。

リカバリーの5要素|CHIMEフレームワーク

リカバリーは曖昧で捉えどころがない、という批判に応える形で、英国の研究者Mary Leamyら(2011)が97本の論文をシステマティックレビュー+ナラティブ統合し、リカバリープロセスに共通する5要素を抽出しました。これが頭文字を取ってCHIME(チャイム)と呼ばれるフレームワークです(Leamy, M. et al., 2011, British Journal of Psychiatry, 199(6), 445-452)。

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C : Connectedness(つながり)

他者・ピア・コミュニティとの関係性。孤立から抜け出し、自分を理解してくれる人がいる感覚。家族・友人・ピアサポーター・支援者との交流が含まれる

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H : Hope(希望と未来への楽観)

「自分の人生はこのまま終わらない」という感覚。リカバリーロールモデルとの出会い、小さな成功体験、未来に対する具体的なイメージから育つ

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I : Identity(アイデンティティ再構築)

「病気の人」ではなく「○○な私」という自己像を取り戻すこと。病いの体験を含めながらも、それだけに還元されない多面的な自分の物語を編み直す

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M : Meaning(人生の意味)

仕事・学び・趣味・信仰・家族・社会貢献など、自分にとって意味のある活動や役割を持つこと。経験を人の役に立てる「意味の再生」を含む

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E : Empowerment(エンパワメント)

自己決定権・コントロール感・責任を取り戻すこと。「決められる側」から「決める側」へ。自分の人生のハンドルを握り直す感覚

CHIMEはチェックリストではなく、リカバリーの旅路で誰もが通る景色の地図のようなものです。順番もなければ、すべてが揃う必要もありません。現場では「いまこの方はHopeが薄い段階にいる」「Connectednessは育ってきたが、Identityが揺れている」と、対話の補助線として使われます。

出典:Leamy, M., Bird, V., Le Boutillier, C., Williams, J., & Slade, M. (2011). Conceptual framework for personal recovery in mental health: systematic review and narrative synthesis. British Journal of Psychiatry, 199(6), 445-452.

リカバリーの歴史|米国当事者運動から日本のリカバリーカレッジまで

1970〜80年代|米国の当事者運動と脱施設化

リカバリー概念の起源は、1970〜80年代の米国にあります。長期入院から地域へと当事者が戻る「脱施設化(deinstitutionalization)」の流れのなかで、Judi Chamberlinの『On Our Own』(1978)、Patricia Deeganの講演・論文などが、当事者自身の言葉で「治療される客体」から「人生を生きる主体」への転換を訴えました。同時期、ピアサポート・コンシューマー運動・サバイバー運動が組織化されていきます。

1990年代|Anthony(1993)による定式化

1993年、Anthony が当事者の手記・実証研究を統合し、リカバリーを「1990年代の精神保健サービスの導きの星(guiding vision)」として定式化。同時期、米国の精神科リハビリテーション学会・州政府・連邦政府の政策文書にリカバリーの語が公式に登場し始めます。Mary Ellen CopelandがWRAP(Wellness Recovery Action Plan)を体系化したのもこの時期(1997)です。

2000年代|国際展開とエビデンスベース実践

2003年、米国大統領精神保健委員会(New Freedom Commission on Mental Health)報告書が「精神保健システムをリカバリー志向に変革する」と宣言。SAMHSA(連邦薬物乱用・精神保健サービス局)が公式定義を発表し、英国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドが続きます。Becker & DrakeらによるIPS(Individual Placement and Support:個別職業支援)が、就労支援領域のエビデンスベース実践として確立しました。

2010年代|CHIMEフレームワークとリカバリーカレッジ

Leamy et al.(2011)のCHIMEメタ分析が、概念を実証的に整理。同じ頃、英国ロンドン南西部のRecovery Collegeを起点に「リカバリーカレッジ」運動が広がります。当事者と専門職が「共同講師(co-production)」として講座を設計・実施するというラディカルな仕組みで、世界中に波及していきました。

日本への展開|2000年代以降

日本では、北海道浦河町の「浦河べてるの家」(向谷地生良氏・川村敏明氏ら、1984年設立)の当事者研究と、ストレングスモデル・IPSの紹介がリカバリー実践の土台となりました。2000年代後半からWRAP研究会・コープランドセンター日本支部の活動が始まり、2010年代にはリカバリーカレッジが東京・京都・福岡など複数の地域で立ち上がっています。COMHBO(コンボ:地域精神保健福祉機構)はリカバリー志向の普及・研修・出版を担う中核団体として活動を続けています。

リカバリーを支える代表ツール5つ

リカバリーを「理念」のままにせず、現場の実践に落とし込むためのツールが世界中で開発されてきました。代表的な5つを紹介します。

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① WRAP(元気回復行動プラン)

Mary Ellen Copelandが1997年に米国で開発した、当事者自身が作る自己管理プラン。元気に役立つ道具箱・日常生活管理プラン・引き金・注意サイン・調子悪化・危機・危機を脱したあとの7セクション。日本ではWRAPファシリテーター養成研修が継続開催

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② ストレングスモデル

米国カンザス大学のCharles Rappらが体系化したケースマネジメント手法。「問題(欠陥)」ではなく「強み(ストレングス)」に焦点を当てる。本人の願望・能力・関心・社会資源を共に発見し、目標設定と支援計画に活かす

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③ IPS(個別職業支援)

Drake & Beckerらが米国で開発した、重度精神障害のある方の一般就労を支援する手法。「就職してから訓練する(Place-then-Train)」アプローチで、本人の希望に基づく仕事探し、医療と就労支援の統合、無期限フォローを8原則とする

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④ オープンダイアローグ

フィンランド・西ラップランドのケロプダス病院でJaakko Seikkulaらが開発した、急性期精神病に対する対話的アプローチ。本人・家族・支援者が同じ場で語り合い、専門家だけで方針を決めない。日本でもオープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン(ODNJP)が活動中

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⑤ リカバリーカレッジ

英国発祥の、当事者と専門職が共同講師となって講座を設計・運営する仕組み。「治療」ではなく「学び」の場として、リカバリーをテーマに誰もが受講できる。日本でも東京・京都・福岡など各地で開講が広がっている

補足として、症状自己管理を体系化したIMR(Illness Management and Recovery)もエビデンスベース実践の一つです。これら5+1のツールは互いに排他的ではなく、組み合わせて使われることが一般的です。

ピアサポーターの役割|「リカバリーロールモデル」としての存在

リカバリー志向のケアにおいて、ピアサポーター(精神障害の体験を持ち、その体験を活かして他の当事者を支援する人)の存在は決定的に重要です。なぜなら、彼ら・彼女らは「リカバリーは可能である」ことを身をもって示すロールモデル(生きた証)だからです。

専門職にはできない、ピアにできること

医師・看護師・心理士・精神保健福祉士は、専門知と訓練で当事者を支えます。しかしどれだけ寄り添っても、「私もあなたと同じところを通ってきた」とは言えません。ピアサポーターだけが持つこの「体験的知(experiential knowledge)」は、当事者にとって「自分も大丈夫かもしれない」と思える具体的な希望の源になります。

CHIMEの5要素を体現する存在

ピアサポーターは、CHIMEの5要素を体現する存在でもあります。当事者にとってのつながり(Connectedness)、希望(Hope)、新しいアイデンティティ(Identity)、経験を意味あるものにできる手応え(Meaning)、自己決定への伴走(Empowerment)——どれもがピアサポートの関係性のなかで自然に育まれます。
詳しくは、ピアサポート完全ガイド精神保健福祉ピアサポート専門員ガイド経験専門家(Experts by Experience)ガイドを併せてお読みください。

リカバリー志向のケアを実現する5ステップ

支援者がリカバリー志向の関わりを実践するときの基本ステップを5つに整理しました。順番に「正解」があるわけではなく、現場ではこれらが行き来します。

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    ① 当事者の声を聴く(Listen)

    専門職の知識・診断基準を一旦脇に置き、本人の物語に耳を傾けます。「いま何に困っているか」だけでなく、「どんな人生を生きたいか」「これまで何を大切にしてきたか」を、対話のなかで一緒に確かめます。傾聴は技法ではなく、姿勢そのものです。

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    ② 希望を分かち合う(Share Hope)

    「あなたなら大丈夫」と励ますのではなく、「リカバリーは可能だと私は信じている」という支援者自身の姿勢を伝えます。ピアサポーターとの出会いを橋渡しすることが、最も具体的な希望の共有になります。希望は「教える」ものではなく「分かち合う」ものです。

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    ③ ストレングス(強み)を活用する

    「できないこと」のリストから「できること・好きなこと・大切にしてきたこと」のリストへ視点を移します。ストレングスモデルのアセスメント表を活用し、本人の願望・能力・関心・社会資源を一緒に書き出します。問題リストではなく可能性リストを共有するのです。

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    ④ 決定を共有する(Shared Decision Making)

    薬の選択・治療方針・就労や住まいの選択——どれも本人が決める権利を持ちます。支援者は選択肢と情報を提示し、利点・リスクを共に検討する伴走者です。「決めてあげる」のではなく「決められるよう支える」関係性です。家族との対話もこの枠組みで進めます。

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    ⑤ 継続的に伴走する(Walk Together)

    リカバリーは直線ではありません。良くなったり、揺り戻したり、再発したり、また回復したり——その全体が旅路です。支援者は「治療が終わったら終わり」ではなく、必要なときに必要な距離で関わり続ける伴走者となります。IPSが「無期限フォロー」を原則とするのも、この思想からです。

日本での実践事例|浦河べてるの家・WRAP研究会・リカバリーカレッジ

浦河べてるの家|「当事者研究」というオリジナル

北海道日高地方の浦河町で1984年に始まった「浦河べてるの家」は、ソーシャルワーカー向谷地生良氏・精神科医川村敏明氏らと当事者が共に作り上げてきた共同体です。中心的な実践である「当事者研究」は、自分の苦労や症状を仲間と一緒に「研究」し、対処法を発見していく独自の方法論で、リカバリー概念とも深く響き合います。当事者研究ガイドに詳しく解説しています。

WRAP研究会・コープランドセンター日本支部

日本でのWRAP普及は、2000年代後半から研究会・市民活動として始まりました。WRAPファシリテーター養成研修が継続開催され、医療機関・地域活動支援センター・ピアサポートグループでWRAPクラスが開かれています。「自分の取扱説明書を、自分で書く」というシンプルで力強いコンセプトが、多くの当事者に届いています。

リカバリーカレッジ|東京・京都・福岡ほか

日本のリカバリーカレッジは、英国モデルを参考に2010年代から各地で立ち上がりました。当事者と専門職が共同で講座を設計し、診断名や立場を越えて「学ぶ場」として運営されています。テーマは「自分のストレングスを見つける」「対人関係の処方箋」「家族とのコミュニケーション」など多岐にわたり、参加者同士の対話が中心となります。

IPSの広がりとオープンダイアローグ

IPSは、日本では大学病院・地域活動支援センター・就労支援事業所などで導入が進み、重度精神障害のある方の一般就労支援に成果を上げています。オープンダイアローグは、ODNJP(オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン)を中心に研修と実践が広がっており、急性期精神病以外の領域にも応用が試みられています。

COMHBO(コンボ)の役割

特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構(COMHBO:コンボ)は、リカバリー志向の普及・研修・出版を担う中核団体です。当事者・家族・専門職向けの雑誌『こころの元気+』を発行し、IMR(病気の自己管理とリカバリー)テキストの翻訳・普及など、日本のリカバリー実践の基盤を支えてきました。

リカバリー概念の課題と批判|フラットに知っておく

リカバリー概念は世界の精神保健の中心理念となった一方で、現場の研究者・当事者・家族から重要な批判も提起されています。フラットに整理しておきましょう。

  • 新自由主義との接続への懸念——「自分の人生に責任を持つ」というメッセージが、行政の福祉削減や「自助努力」の強調に利用されるリスク。Recovery in the Bin等、英国の当事者グループから具体的な批判が出ている
  • 「リカバリーしなければならない」という新たな圧力——本来は本人主導の概念であるはずが、「リカバリーを目指しなさい」という規範に転化してしまうと、当事者を追い詰める力に変わる
  • 医療否定との混同——リカバリー=薬をやめる、治療を拒否する、と誤って解釈されることがある。Anthony(1993)の原典は医療否定ではなく、医療を含めて人生を取り戻すという考え方
  • 重度・慢性期の当事者の置き去り——リカバリー物語の多くは「回復した人」の声であり、長期入院や強い症状を抱える方の声が見えにくくなる懸念。誰のためのリカバリーかを問い続ける必要がある
  • 家族の負担の見えにくさ——「本人主導」を強調するあまり、家族の介護負担・関係調整の苦労が政策的に取りこぼされやすい構造がある
  • 文化的文脈の問題——個人主義を前提とした米国発の概念を、家族関係や集団主義の重みが異なる日本にそのまま輸入してよいかという議論
  • 測定の難しさ——CHIMEなど概念整理は進んだが、「リカバリーがどの程度進んだか」を客観的に評価する尺度は議論が続く

これらの批判は、リカバリー概念を否定するものではなく、より誠実に運用するための問いとして位置づけられます。理念は批判を取り込むことで成熟していくのです。

体験談|リカバリーの旅路、三つの物語

💬 統合失調症|20年の長期入院から地域へ(50代・男性)

「20代で発症してから、入退院を繰り返し、気づけば長期入院が20年。退院支援チームの精神保健福祉士さんから『どんな暮らしがしたいですか』と聞かれて、初めて『治る・治らない』ではなく『どう生きたいか』を聞かれた気がしました。グループホームでの暮らしが始まり、WRAPで自分の調子を書き出し、ピアサポートグループに通うように。再発もしました。でも、戻れる場所があるという感覚が、私のリカバリーの軸です」(160字)

💬 うつ病|休職・復職・再休職を経て(38歳・女性)

「うつで休職してから、復職と再休職を3回。自分は弱い人間だと責め続けていたとき、リカバリーカレッジの『自分のストレングスを見つける』講座で出会ったのが、同じく休職経験のあるピア講師でした。『波があっていい。波があることも含めてあなたの人生』という言葉に、初めて呼吸ができた気がしました。いまは時短勤務で復帰し、ピアサポーター養成研修にも通っています」(160字)

💬 双極性障害|診断15年、IPSで一般就労へ(42歳・男性)

「双極II型の診断から15年、就労継続支援B型・A型を経験しましたが、躁転と抑うつの波で続かない時期が長くありました。地域活動支援センターでIPSの就労支援員さんと出会い、『あなたのやりたい仕事から考えましょう』と言われたのが転機。3社目で長く続けられる職場と出会えました。月1回の通院と、職場の理解、ピアサポーターの月1ミーティング。この3点セットが私の支えです」(160字)

ありがちな誤解5選|現場で陥りやすい落とし穴

リカバリー概念は伝言ゲームのなかで、しばしば本来の意味から外れて広がります。代表的な誤解を5つ整理します。

  • ① リカバリー=症状の消失と思い込む——Anthony(1993)の原典は、症状が残っていても自分らしい人生を取り戻すプロセスをリカバリーと定義しました。「治った人だけがリカバリーした」という見方は古い医学モデルへの逆戻りです
  • ② リカバリー=服薬をやめることと誤解する——服薬の選択は本人の自己決定ですが、リカバリー概念は服薬を否定しません。Shared Decision Makingで、利点とリスクを共に検討する関係性が中心です
  • ③ リカバリーは個人の努力次第と矮小化する——個人の物語に焦点が当たることで、社会的決定要因(貧困・住居・差別・雇用機会)が見えなくなる危険。リカバリーは社会の責任でもあります
  • ④ 専門職の役割が小さくなると誤解する——リカバリーモデルは専門職を不要とする思想ではありません。役割が「治す側」から「伴走する側」へと変化するだけで、専門知の重要性は変わりません
  • ⑤ リカバリーはゴールがあると思い込む——リカバリーは旅であって到達点ではありません。「リカバリー完了証」のようなものはなく、その人の人生が続く限り、変化し続けるプロセスです

よくある質問|リカバリーと精神保健Q&A 10問

Q1. リカバリーは「治る」と何が違うのですか?

「治る(cure)」は症状が消失することですが、リカバリーは症状が残っていても自分らしい人生を取り戻すプロセスを指します。Anthony(1993)は、両者を明確に区別したうえで、リカバリーを「病気による制限があっても、満足感をもって、希望に満ち、人の役に立てる人生を生きる道筋」と定義しました。

Q2. CHIMEの5要素は、順番に進むものですか?

いいえ、順番はありません。CHIMEはチェックリストではなく地図のようなもので、人によって出発点も巡る順も異なります。「いまどの要素が薄いか」「どの要素が育ち始めているか」を、本人と支援者が一緒に確かめる対話の補助線として使われます。

Q3. WRAPは誰でも作れるのですか?

基本的には本人が自分自身で作るプランです。WRAPファシリテーター(多くがピアサポーター)が進行するクラス形式で、参加者同士の対話のなかで作っていくのが一般的です。1冊500〜2,000円程度のテキストが日本語版で入手でき、地域のWRAPクラスは1回数百円〜数千円で参加できることが多いです。

Q4. IPSと一般的な就労支援はどう違うのですか?

最大の違いは「先に訓練してから就職」ではなく「先に就職してから訓練(Place-then-Train)」という発想です。本人の希望に基づき、症状の重さを問わず一般就労を目指し、医療と就労支援が統合され、無期限フォローを行う8原則を持ちます。重度の精神障害でも一般就労が可能であることが、複数のRCT(ランダム化比較試験)で示されています。

Q5. リカバリーカレッジは誰でも参加できますか?

はい、当事者・家族・専門職・地域住民・学生など、立場を問わず誰でも参加できるのが特徴です。診断名や治療歴の確認もありません。「治療」ではなく「学び」の場として運営されており、参加費は無料〜数百円程度の地域が多いです。お住まいの地域にあるかは、検索エンジンで「リカバリーカレッジ +地域名」で確認できます。

Q6. オープンダイアローグは日本でも受けられますか?

フィンランド本国のような体制での実施は日本ではまだ限定的ですが、ODNJP(オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン)を中心に研修・実践が広がっています。一部の医療機関・地域支援機関で対話実践が行われており、当事者・家族向けの研修や本人主催の対話の場も増えてきています。

Q7. リカバリーは家族にとっても関係ありますか?

はい、深く関係します。家族自身のリカバリーという考え方も近年広がっており、当事者と並走するなかで疲弊した家族が、自分の人生を取り戻していくプロセスも重要なテーマです。家族会・家族のためのWRAPクラス・家族心理教育(FPE)などが具体的な選択肢です。

Q8. ピアサポーターになるには、リカバリー概念を学ぶ必要がありますか?

はい、ほぼ必須の素養です。ピアサポーターは「リカバリーロールモデル」として当事者に関わるため、リカバリー概念・CHIME・WRAP・倫理綱領などを養成研修で体系的に学ぶのが標準です。詳しくは精神保健福祉ピアサポート専門員ガイドを参照してください。

Q9. リカバリーモデルは、医学モデルを否定するのですか?

いいえ、否定しません。医学モデルとリカバリーモデルは補完関係にあり、急性期治療では医学モデルが中心になります。リカバリーモデルが提起しているのは、「症状の消失だけをゴールとせず、本人の人生全体を視野に入れよう」という視座の追加であり、医療否定ではありません。

Q10. リカバリーは本当に誰にでも可能なのですか?

リカバリーは到達点ではなくプロセスなので、「達成できる・できない」という問い自体が再考を必要とします。重度の症状や長期入院を経験している方、家族の支えが薄い方など、置かれた状況は人それぞれですが、それぞれの場所から「もう少し自分らしく生きる」一歩は誰にでも可能です。社会の側がその一歩を支える条件を整えることもまた、リカバリーの責任です。

あわせて読みたい|次の一歩のヒント

参照元:Anthony, W. A. (1993). Recovery from Mental Illness: The Guiding Vision of the Mental Health Service System in the 1990s. Psychosocial Rehabilitation Journal, 16(4), 11-23./Leamy, M., Bird, V., Le Boutillier, C., Williams, J., & Slade, M. (2011). Conceptual framework for personal recovery in mental health: systematic review and narrative synthesis. British Journal of Psychiatry, 199(6), 445-452./Deegan, P. E. (1988). Recovery: The Lived Experience of Rehabilitation. Psychosocial Rehabilitation Journal, 11(4)./Copeland, M. E. (1997). Wellness Recovery Action Plan./Rapp, C. A. & Goscha, R. J. The Strengths Model: A Recovery-Oriented Approach to Mental Health Services./Drake, R. E. & Becker, D. R. Individual Placement and Support: An Evidence-Based Approach to Supported Employment./Seikkula, J. & Arnkil, T. E. Open Dialogues and Anticipations./米国 SAMHSA(連邦薬物乱用・精神保健サービス局)公開資料/NPO法人 地域精神保健福祉機構 COMHBO(コンボ)公開情報/浦河べてるの家 公開情報/オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン(ODNJP)公開情報/日本のリカバリーカレッジ各拠点 公開情報を参照(いずれも2026年5月時点)

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