カフェラテの日記『一匙のスプーンと私』

最近の息子、自分の好きな食べ物(フルーツジュレやヨーグルト)を一口、私にシェアしてくれるようになった

スプーンを差し出してくれる行動自体は前からあったけど、以前は「親が自分にしてくれることの模倣」という感じがした

でも最近は、「これ、おいしいよ!」って気持ちがこもってる…ように見える!👀

たとえ言葉では伝えてくれなくても、息子の目を見るとそんな風に言われている気がするの

そんな息子の姿を見ていると、ふと、自分の子供時代を思い出す

私が小学生のとき、母から突然こう言われた

「あんたってケチだよね」

「ちょうだいって言っても、絶対に1個しかくれないよね」

「弟はもっとたくさんくれるのに」

…ルールを知らされていないゲームの中で、「あなたは負けです」と言われたような衝撃を受けた

親に「ちょうだい」と言われたら、たくさんあげるのが正解だったの?

まさか、「ちょうだい」と言われる前に自発的にあげるのが愛情表現だったりして…?

どちらにせよ、そんなルールがあるなら最初から言っておいてほしかった

でも、気づいたときにはもう遅くて、私は「ケチな人」として見られるようになっていた…

だからこそ、今息子が自分から好きな食べ物を差し出してくれると、私とは違うんだなーって、なんだか誇らしくなる

息子と私は別の人間…だけど、私の子供がこんなふうに育ってくれているのが、とても嬉しい

favorite読んでくれた人へのメッセージ

息子のことに関連した自分語り、2連続になってしまいました_(._.)_

ログインするとこの日記をフォローして応援できます

keyboard_arrow_up