すみれの日記『うつ病〜回復までの道のり 去年の私へ。』

去年の今頃は大変だったなぁ…。

時は現代 仕事から帰宅後 しみじみ思う

あの時は不安から早く解放されたくて
「答え」を早くつかみ取りたかった。

だけど
雑な答えじゃあ意味がない。
時間をかけてメンタルとの戦い。

あの時は水面下で転職活動をしていた。
当然だが当時の職場には迷惑をかけないように
仕事をしっかりこなしていた。

それでももう、
また私にだけ兼任業務が増えた。
兼任 兼任 兼任
責任 責任 責任
うつ病で兼任を減らしてもらったはずが、
皆 妊娠 妊娠 妊娠
産後から復帰してくれたと思ったらまた妊娠。

独身の私は融通がきく。
あらゆる店舗のママさんのお子さんが熱。

休憩だけを回しに電車に乗る。
休憩を回したら違う店舗へ。
さらに、その店舗の売上をみて発注やレジ締め。

遠くまで他店舗の為に行くから、
電車が遅延したら
帰宅するのは0時を超えていた。

それでもママさんたちは好きですよ。
だけど、
楽しそうに「お子さん」のお話を聞く時、
こちらまで嬉しくなる反面、
ふとした時に心が締め付けられた。
0時過ぎて帰る時、
皆のお子さんの事を話す笑顔を思い出し、
寂しい虚しい気持ちが巡って、それも辛かった。

自分の店舗へ久々に戻っても、
あらゆる事がいつも変動。
誰も何も教えてくれなくてミスる。
知らない事を知らないから、ミスる。
兼任し過ぎだから浦島太郎状態になるから変動したことは教えて欲しいと勇気を出して言ったら、
  
「は?変動把握できてないの、あんただけじゃないねんけど。自分で調べりや。」と
いつも週5そこで働けてる人に言われた。

もう限界だった。

私の自律神経は狂い、
丁寧な答えを見つけだそうと誓った。
自分を助けてあげようと強く思いました。

そもそも、お陰様で
スキルはいつの間にか上がっていたのだ。

当時、責任ある仕事を多店舗兼任。
それでも何故かそのスキルに自覚はなくて
その時は気づかなかったのだ。

幸いにも
辞めるときは兼任店舗や、
その兼任の同じフロアの多店舗
自店舗のフロアの他店舗、
そして…自店舗。
さらに…百貨店の統括。
食堂の方々。

みんなが
みんなが、「◎◎ちゃん辞めてしまうの…?!」と
あらゆる方から、
たくさんの言葉や、選別の御品を。
統括からはプライベートで転職祝いのお食事を…。

知らなかった。
本当に私はよく頑張ったのだ。

あの時、頼むから人材を増やしてくれと社長にもお願いした。でも駄目だった。
私をあの会社は失って、
それからずっと求人かけてる。

今は、社員もお客様も商品も大切に愛のある会社に転職できた。

答え=自分が本当に心の底から働きたい場所

答えを粘り強く丁寧に見つけた。

去年の私のおかげで今がある。
一昨年の11月頃のうつ病のおかげで
今がある。

どうか、同じようにうつ病だった方は
焦ってすぐに解決、答えを焦らず
丁寧に見つけて、
雑ではない答えで幸せになってほしい。
うつ病の時は大きな決断を出来ない
無理に雑な答えで解決しなくてよい
解決しようと今はしなくていい
回復してきたら、
いざ出陣。

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ありがとうございました

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