生き延びるために、まず生活を固める
visibility21 edit2026.05.26
【前回の振り返り】
前回は、私が障害を抱えながら何に苦しんできたのか、そして今は「自分に合った生き方」を探していることを書きました。
今回は、その続きとして、私が実際にどうやって生き延びる形を作ってきたのかを書いてみようと思います。
その中で、まず大切だったのは「生活を固めること」でした。
【気持ちだけでは何とかならなかった】
私は長い間、苦しさや生きづらさを、気持ちの持ちようだけで何とかしようとしていたところがありました。
もっと頑張らなければいけない。
もっと我慢しなければいけない。
もっと強くならなければいけない。
そんなふうに考えて、自分を奮い立たせようとしていた時期もありました。
けれど、私にとって必要だったのは、根性で耐え続けることではありませんでした。
気合いだけで何とかしようとすると、どこかで無理を重ねすぎてしまいます。
頑張れているように見えても、あとから大きく崩れてしまうことがありました。
だから私には、気持ちの強さだけに頼るのではなく、生活そのものを少しずつ固めていくことが必要だったのだと思います。
【生活の土台を整える必要があった】
生活を固めるというと、少し地味に聞こえるかもしれません。
けれど、私にとってはとても大事なことでした。
睡眠、食事、通院、服薬。
こうした基本的な土台が崩れると、私の場合は不調や障害特性が出やすくなります。
だから、まずは生活リズムをなるべく崩さないこと。
食事を極端に乱さないこと。
通院や服薬を続けること。
そうした一つひとつを、できる範囲で大切にしてきました。
もちろん、いつも完璧にできていたわけではありません。
調子が悪い日もあります。
生活リズムが乱れる日もあります。
思うように動けない日もあります。
それでも、完全に崩れきらないように、少しずつ生活の土台を整えていくことが、私にとっては生き延びるための工夫でした。
【一人で抱え込まないために、支援につながる】
生活を安定させるために大切だったのは、自分一人で全部を抱え込まないことでもありました。
私がしてきたことの一つに、使える制度や福祉サービス、医療につながりを持つ、ということがあります。
障害者雇用、障害年金、障害者職業センター、就労継続支援A型、病院、精神科訪問看護、ハローワークトータルサポート、障害者就業・生活支援センター。
振り返ると、私は一人の力だけで生活を立て直してきたわけではありません。
その時々で必要な支えにつながりながら、どうにか生活をつないできました。
ただし、支援につながれば、すべてがうまくいくというわけでもありませんでした。
支援者や支援機関にも、相性はあります。
実際に、私も相性が合わないと感じる人に当たったことがありました。
そのときは、「支援を受けること自体が自分に合わない」と決めつけるのではなく、相性のいい人や、話しやすい場所を探すようにしました。
もちろん、支援者に完璧さを求めていたわけではありません。
ただ、自分の話をある程度受け取ってくれること。
生活を一緒に考えてくれること。
必要なときに相談できる関係であること。
そうした相性は、生活を安定させていくうえで大切だったと思います。
また、制度や支援を使うことに、最初から何の抵抗もなかったわけではありません。
「自分で何とかしなければいけない」
「支援を使うのは甘えなのではないか」
そんなふうに感じることもありました。
けれど今は、少し違う見方をしています。
制度や支援を使うことは、自分の力が足りないという意味ではありません。
自分の生活を守るための選択だったのだと思います。
【予定や働き方を、自分に合う形にする】
生活を固めるうえでは、予定の入れ方や働き方も大切でした。
予定を詰め込みすぎると、あとから疲れが大きく出ることがあります。
その場では大丈夫だと思っていても、後日になって反動が出ることもあります。
だから私は、予定を入れすぎないことや、調子が悪い日に大きな決断をしないことを意識するようになりました。
働き方についても同じです。
自分に合わない働き方を無理に続けると、生活全体が崩れてしまうことがあります。
だから、障害者雇用や支援機関とのつながりを使いながら、自分に合う働き方を探してきました。
それは、楽をするためではありません。
長く生活を続けていくために、自分が壊れにくい形を探すためでした。
【「生活を進められた」という感覚】
大きな目標を達成することだけが、前に進むことではないと思います。
私にとっては、日々の生活を少しずつ進められることも、大切な支えになってきました。
通院できた。
薬を飲めた。
書類を出せた。
支援者と話せた。
予定を一つ終えられた。
働き方について相談できた。
そういう小さな積み重ねが、「自分はまだ生活を進められている」という感覚につながっていきました。
この感覚は、私にとってとても大切です。
何か大きな成功をしたわけではなくても、今日の生活を少し進められた。
その実感があるだけで、少し安心できることがあります。
生活を固めることは、ただ不調を避けるためだけではありません。
自分で自分の生活を進めている感覚を取り戻すことでもあったのだと思います。
【生活を固めることは、弱さではなく生きる工夫だった】
障害を抱えながら生きるうえで、気持ちの強さだけに頼るのは、私には合いませんでした。
必要だったのは、強い自分になることよりも、崩れにくい形を作ることでした。
生活を固めること。
一人で抱え込まないために、支援につながること。
予定や働き方を、自分に合う形にすること。
調子が悪い日は、大きな決断をしないこと。
それらは、弱さではないと思います。
自分の特性や状態を理解したうえで、自分を守りながら生きていくための工夫です。
私はこれからも、無理に気合いで乗り切ろうとするのではなく、使える支えにつながりながら、自分に合った生活の形を少しずつ作っていきたいと思っています。
ただ、生活の土台を整えるだけで、すべてが解決するわけではありませんでした。
生活を固めながらも、私は自分の考え方や物事の受け止め方についても、少しずつ見直していく必要がありました。
たとえば、周りと同じ速度で進もうとしすぎないこと。
同じ成功基準や、同じ幸せの形を求めすぎないこと。
調子が悪い日に、自分の人生を決めつけすぎないこと。
そうした考え方の工夫も、私にとっては生きやすさにつながっていきました。
次回は、生活を固めることの次に大切だった、「考え方を工夫すること」について書いてみようと思います。
■前回のコラム【私にとっての、「障害を抱えて生きる」ということ】
https://kokotomo.com/745131
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