ゆめの日記『情緒的放置子は放置子に強く反応する』
visibility14 edit2026.01.15
すれ違いざまに人を傷つける言葉を言う人は、心の一部が置き去りのままかもしれない
たとえば、
ただすれ違っただけなのに嫌味を言う人、
関係ないのに見下すような一言を投げてくる人。
こういう行動は、
「その場で相手を傷つけたい」というより、
自分の中に出し場のない感情が溜まっていることが多いです。
実はこのタイプの人、
子どもの頃に「部分的に放っておかれた」可能性があります。
部分的に放置されるってどういうこと?
・衣食住は問題なかった
・学校にも行けた
・でも、気持ちを聞いてもらえなかった
・弱音を吐くと否定された
・我慢できて当たり前だった
こういう環境だと、
「悲しい」「怖い」「寂しい」という感情を
誰にも受け止めてもらえないまま大人になることがあります。
すると大人になっても、
その感情は未処理のまま残り、
ちょっとした場面で他人に向かって飛び出します。
すれ違いざまの攻撃は、
実は感情のはけ口です。
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なぜ情緒的放置子だった大人は、実際の放置子に強く反応するのか
ここが一番大事なところ。
情緒的に放って育てられた人は、
「寂しかった自分」「助けてほしかった自分」を
心の奥にしまい込んで生きてきました。
でも放置子を見ると、
無意識に昔の自分を重ねてしまう。
すると、こんな気持ちが一気に湧きます。
• 見たくなかった過去を思い出す
• 「自分はもっと我慢したのに」という怒り
• 助けてもらえなかった悔しさ
• 置き去りにされた自分の感情
このしんどさをそのまま感じるのは辛すぎる。
だから、
「だらしない」
「親が悪い」
「迷惑」
と外に向かって叩くことで、
自分の中の痛みから目を逸らそうとします。
これは意地悪というより、
自分を守るための反射的な反応です。
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投影していない大人が放置子を見たときの反応
一方で、
自分の感情をある程度整理できている大人は違います。
放置子を見たとき、
• 「大変そうだな」
• 「この子、安心できる場所あるかな」
• 「今は関わらなくてもいいけど、責める必要はない」
と感じることはあっても、
強い怒りや攻撃欲は湧きません。
なぜなら、
その子に「自分自身」を重ねていないから。
自分の過去と切り離して見られるので、
過剰に反応しないのです。
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強く攻撃する人ほど、心の中が未整理なことが多い
放置子に対して必要以上に怒る大人、
見下す大人、
執着して悪口を言い続ける大人ほど、
実は
自分の中に癒されていない子どもの部分を抱えています。
だから反応が強い。
だから感情が揺れる。
だから攻撃になる。
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最後に
誰かが理不尽にきつい態度を取ってきたとき、
それはあなたが悪いからではありません。
その人が、
自分の中の放置された感情を処理できなかっただけ。
そう理解できると、
少し距離を取る理由がはっきりします。
無理に分かり合わなくていい。
あなたが安全でいることの方が大切です。
読んでくれた人へのメッセージ
今日も読んでくれてありがとう
来てくれてありがとう
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