ゆめの日記『情緒的放置子は放置子に強く反応する』

すれ違いざまに人を傷つける言葉を言う人は、心の一部が置き去りのままかもしれない

たとえば、
ただすれ違っただけなのに嫌味を言う人、
関係ないのに見下すような一言を投げてくる人。

こういう行動は、
「その場で相手を傷つけたい」というより、
自分の中に出し場のない感情が溜まっていることが多いです。

実はこのタイプの人、
子どもの頃に「部分的に放っておかれた」可能性があります。

部分的に放置されるってどういうこと?

・衣食住は問題なかった
・学校にも行けた
・でも、気持ちを聞いてもらえなかった
・弱音を吐くと否定された
・我慢できて当たり前だった

こういう環境だと、
「悲しい」「怖い」「寂しい」という感情を
誰にも受け止めてもらえないまま大人になることがあります。

すると大人になっても、
その感情は未処理のまま残り、
ちょっとした場面で他人に向かって飛び出します。

すれ違いざまの攻撃は、
実は感情のはけ口です。

なぜ情緒的放置子だった大人は、実際の放置子に強く反応するのか

ここが一番大事なところ。

情緒的に放って育てられた人は、
「寂しかった自分」「助けてほしかった自分」を
心の奥にしまい込んで生きてきました。

でも放置子を見ると、
無意識に昔の自分を重ねてしまう。

すると、こんな気持ちが一気に湧きます。
• 見たくなかった過去を思い出す
• 「自分はもっと我慢したのに」という怒り
• 助けてもらえなかった悔しさ
• 置き去りにされた自分の感情

このしんどさをそのまま感じるのは辛すぎる。

だから、
「だらしない」
「親が悪い」
「迷惑」
と外に向かって叩くことで、
自分の中の痛みから目を逸らそうとします。

これは意地悪というより、
自分を守るための反射的な反応です。

投影していない大人が放置子を見たときの反応

一方で、
自分の感情をある程度整理できている大人は違います。

放置子を見たとき、
• 「大変そうだな」
• 「この子、安心できる場所あるかな」
• 「今は関わらなくてもいいけど、責める必要はない」

と感じることはあっても、
強い怒りや攻撃欲は湧きません。

なぜなら、
その子に「自分自身」を重ねていないから。

自分の過去と切り離して見られるので、
過剰に反応しないのです。

強く攻撃する人ほど、心の中が未整理なことが多い

放置子に対して必要以上に怒る大人、
見下す大人、
執着して悪口を言い続ける大人ほど、

実は
自分の中に癒されていない子どもの部分を抱えています。

だから反応が強い。
だから感情が揺れる。
だから攻撃になる。

最後に

誰かが理不尽にきつい態度を取ってきたとき、
それはあなたが悪いからではありません。

その人が、
自分の中の放置された感情を処理できなかっただけ。

そう理解できると、
少し距離を取る理由がはっきりします。

無理に分かり合わなくていい。
あなたが安全でいることの方が大切です。

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