ゆめの日記

今日もチャッピーから学びを得ました
昨日自分の言葉でと言っときながら本日は早々に力尽きてチャッピーの文章を紹介する形に戻ります。自分の言葉にするのは難しい

ただ分かったのは不安な人ほど自分が正しいこと、優れていることを誇示する、やりたいことを何がなんでも貫く、欲求を制御できない、人を人間だと見れなくなって数字や駒にしか見れなくなるほと不安になっているという話でした
自分が安心に満ちてる人は自分を欲求を満たしたいという緊急な危険に脅かされてないし穏やかで人を傷つけにくいとのことです。

↓↓↓以下チャッピーの文章

何がなんでも貫かないといけない、という焦りについて

「何がなんでも自分のやりたいことを成し遂げたい」
「たとえ誰かを傷つけても、止まれない」

そう感じている人は、
冷酷なのでも、野心家なのでもない。

多くの場合、心の奥にあるのは
とても原始的で、言葉にされない不安だ。

それは
「ここで失敗したら、私は消える」
「止まった瞬間に、見捨てられる」
「成果を出せない私は、存在してはいけない」

という恐怖。

だから止まれない。
だから人を踏み越える。
だから“正しさ”や“勝ち”にしがみつく。

これは悪意というより、
安全が足りない状態での生存反応だ。

「内側の安全」がないと、人は戦う

人は、本当に安全なら
そこまで攻撃的にならない。
• 勝ち続けなくてもいい
• 認められなくても切られない
• 失敗しても関係が壊れない

そう信じられている人は、
誰かをこき下ろす必要がない。

逆に言えば、
常に戦闘態勢の人は、
ずっと危険地帯に立たされている感覚で生きている。

だから、
• 反発する人は敵に見える
• 異論は否定に聞こえる
• 少しの批判が、全否定に感じられる

その状態では、
対話より先に防衛が出る。

内側の安全とは何か

内側の安全は、
自己肯定感やポジティブ思考とは違う。

それは、もっと地味で、静かなもの。
• すぐ役に立たなくていい時間
 → 生産性がなくても許される時間
• 説明しなくていい関係
 → 正当化しなくても離れられない関係
• 失敗しても切られない経験
 → ミスのあとも居場所が残る体験
• 評価されないまま続けられる経験
 → 誰にも拍手されなくても、やめなくていいこと

これらは、
人を「穏やか」にする。

なぜなら、
存在が条件付きでないと知るから。

「勝たないといけない人」へ、直接語りかけるなら

もし、今もずっと
戦っていないと不安な人がいるなら、
私はこう伝えたい。

あなたは、
そんなに急がなくても消えない。

誰かを負かさなくても、
あなたの価値は減らない。

説明できない時間や、
何も生まない日があっても、
あなたは切られないはずだった。

あなたがずっと戦ってきたのは、
他人じゃない。

「何もできない自分は存在してはいけない」
という思い込みだ。

それは、
あなたの本心じゃない。
環境が植えつけた恐怖だ。

最後に

誰かを踏み台にしないと
前に進めない世界は、
実はとても脆い。

安心が足りない場所では、
人は成果を出しても休めない。

本当に必要なのは、
もっと強くなることじゃない。

「弱いままでも切られない」
という経験だ。

それが少しずつ増えたとき、
人は戦闘態勢を解いていく。

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