ごりらの日記

先日、好きな本の著者の方の話が聞ける催し物に参加するために、電車で少し行った所にある出版社クラブという所まで行ってきた。
会場はとても綺麗で帰りに写真を撮ろうと考えていたが、撮らずに帰ってきた。

催し物が開かれたのは、小さな会議室のような場所で、受付を済まして、席に着くと、うっすらとその著者の方が、部屋の外で話しているのが聞こえて、本当にいるんだなと興奮にも近い感動を覚えた。

しかし、催し物が着々と進行していく中で、自分はとても嫌な気分になっていた。
それはその小さな会議室のような部屋が、大学の時のあの辛かったゼミの教室のように感じて、どんどんと進められる段取りに、逆行して、どんどんその著者の方の話に集中できなくなった。
一通り進行が終わった時には、部屋から出てしんどいと口からこぼれる程不快だった。

お話が終わった後で、サイン会も設けられて、それに参加しようと思っていたのに、もう嫌になって帰ってきてしまった。
帰りの電車では、参加している間、噛みしめが酷かったのか、顎が痛くて、さすりながら帰った。

なんでこんな過去の事に自分は悩まされなきゃいけないんだと思うと同時に、他の人がサインをもらっている中で、ひとり帰る自分の姿に嫌気がさして、好きだったその著者の方の本の言葉さえ、もう聞きたくないなと思ってしまった。

もうとっくに忘れて、遠い昔の事のように思っていたのに、そして、そうであるはずだと、参加している間中、身体に言い聞かせたが、何も変わらなかった。
身体が覚えているからといって、なぜ自分が好き好んで行った、趣味の世界まで侵されなければいけないんだ。

なんで一体こんなことで自分はいちいち落胆しなきゃいけないんだ。
あまりにも馬鹿らしい。
こんなことはあまりにも馬鹿らしくて、嫌になる。

一番嫌なのは、不快だからと独りで帰っていくあの帰り方がまた、大学の時の帰り方と同じなのだ。
まだ俺はこんなことに付き合わなけりゃいけないのかと不公平に思う。
なんでだって、会議室ひとつでこんな目に遭わなければいけないのか。

自分だってサインも欲しかったし、あの綺麗なビルのエントランスの写真を撮ろうと思っていた。
そして、この日記に初めての写真だと、あの綺麗な写真が載るのだと思っていたけれど、結果は全く違って終わった。

こうやって個人的なことが、また、もっと個人的なことになる。
共有不可能な体験がもっと深まっていく。
おかしなことだと思う。
こういう事が、分からない事が、もっと前からずっとあって、言葉にもせず忘れていたら、また背後から現れて、台無しにされる。
そのことを誰も知らないければ、分かりようもない。
そんなことに、なんでだって自分は納得しなければいけない?
ひとつも納得するべきところなんてありはしない。
思い通りにならなくて、なぜ怒ってはいけない?
納得して向き合っていくことにはもう疲れた。そんなことはもう離れていった。

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