ごりらの日記『散歩』
visibility24 edit2026.02.22
最近友達とどこかへ散歩しに行くことが多かったりする。
隣町だったり、近場だったり、その辺りで歩きながら、美味しいごはん屋さんを漁ったりする。
先日は、街の方にあるパン屋さんにふらっと立ち寄って、いくつかパンを買って食べてみた。
友達はドーナツにクリームの入ったパンを買って、自分はおかっぱぱんという、パンがチョコでおかっぱにされているものを買った。
ドーナツの方も美味しそうで、おかっぱの方も生地がふっくらしていて美味しかったが、思った以上にクルミが中に詰められていて、クルミが苦手な自分には少しキツかった。
ひとりで散歩するのも好きだが、誰かと散歩すると会話に集中するあまり、気づくと結構歩いてしまっていることが多くて、ひとりの時より疲労感があったりする。
健康に悪い事はないが、その分いろんなところで買い食いしてしまうので、正確に言えば、運動した分を相殺するどころか、軽く超えてしまっているかもしれない。
よく歩くルートにはゲームセンターもあるので、そこも立ち寄るが、家族連れで賑わっているのを見て、昔とは大違いだなと思う。
そのゲームセンターは自分が小さい頃から知っていて、同級生と行ったこともしばしばあったが、変なクスリ(?)を売っている人がいるという噂があったり、それこそ不良っぽい人のたまり場だったりして、その頃のゲームセンターと言えば、子供や家族とは無縁の場所だった。
以前は、閉じたストリート寄りのものだったはずのゲームセンター文化を、今ではそれとは真逆の「家族」という開かれたものがそれを享受している光景に、いつも不思議な感覚を覚える。
前は子供がメダルゲームとやっている光景も、ガチャガチャを回している様子も、ショッピングセンターでしか見たことがなかった。
それを今ではゲームセンターで見ることが一番多い。
そういう移り変わりを間近で見られたことは、価値とは言えないにしても、意味深いなと勝手に思ったりする。
変わっていくことは世の常だが、瞬く間に変化していくことに追いつけなかったりする。
気付けばあのおかっぱのパンがあるパン屋さんも別のお店に変わっているかもしれない。
実際コロナの時には、多くの飲食店が閉店して、友達とよく通っていたラーメン屋さんも潰れてしまったりした。(その後はガストになった)
ことに散歩している時、そういうことに気づくことが多いが、なくなってしまった喪失感もあれば、新しいものが出来た高揚感もあったりする。
よく通ったお店がなくなるのは辛いが、新しい良いお店を見つけた時のワクワクはやっぱり忘れられない。
なくなって欲しくもないが、また生まれてくることにも期待している。
出来る事と言ったら傍観しているだけだが、またそこに意味づけたりもする。
そういうものが大抵いつもの散歩だったりするのだ。
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