ごりらの日記『ただ悩ましいということ』
visibility15 edit2026.02.21
誰彼構わず話したいという訳ではないけれど、自分の言わんとすることは、他者がいなければ成り立たないという事だけは分かる。
それでもやっぱり人との間にやきもきするものがあって、なかなか難しいと思えることもあって、独りでいいじゃないかと強く思うけれど、結局誰かが必要になってきたりする。
誰かと近づきたいだとか、話したいだとか、友達になりたいだとか、そういうものとは少し違って、今、誰かが必要だと思う時がある。
それは存在とも言えて、眼差しともいえるかもしれない。物言わぬものであったとして、それが必要だと思う事もある。
だから、なるべくなら人と離れていようと思うけど、いつか必要になる時のために、自分はどこかに立ち所を設けなければいけないような気がする。
引力のある居場所ではなくて、少し段差のある台のようなものでも構わない。
そこに居てただ日が当たればと思う。
実際この間、人の集まるお話会のような場所に行ったけれど、正直馴染めなかったりする。
自分はそこまで正直になれる人間でもないので、どうしても目的や理由というものに頼りたくなったりする。
何に関心があってだとか、こんなのが好きでだとか、本当のところ、そんなことは重要ではなくて、ただ話をするだとか、人と会っただとか、どんな人だとか、そのことの方をみんな注目しているのだろうと思うけれど、自分にはまだ踏むべきステップが多くあるような気がして、気が引けたりする。
でもどうしても誰かが必要だという時のために、自分は探しておく必要がある。
それがたとえ合わなくても、探していくことを迫られると思う。
どんなに完成されたひとりぼっちの理論を作れたところで、自分たちは結局悩まなければいけないからである。今日悩んで、明日は元気で、明後日はまた悩む。その繰り返しが残念ながら人間を人間足らしめている最大の理由であると思う。
誰かがいればと思うけれど、その誰かは探している中に居なかったりする。
それでも、人は悩むから、そのためにも懸命探す。
その繰り返しでしかないのかもしれない。
でも、人は何かの理由で自分自身が決まることがないからこそ、悩むのかもしれない。
決まってしまうのなら、諦めることしかできないが、悩めるのならそうでないのかもしれない。
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