解決済み
ただ話を聞いてほしい
10代後半 女性

不幸の底だった頃に戻りたい、もう一度不幸になりたいと思ってしまいます。

閲覧数460 コメント数6 person茜音 edit2023.07.11

ご覧下さいまして有難う存じます。
長文になりますが、最後までお読み下さいますと幸いに存じます。

私は数年程、不幸の底におりました。
治りそうにない病気に苦しみ、両親からの期待や暴言に苦しみ、失恋も経験致しました。
毎晩の様に泣いて、自分を責め続け、自傷行為も致しました。
昼間は体も怠くメンタルもボロボロで、死んでいる様な状態でした。

現在は時間が解決してくれた様でして、その頃よりも元気になりました。
病気はまだ治っておりませんが、学校やお出掛けに行ける様にもなりました。
趣味もでき、まだ辛い事もございますが少しずつ回復している状態です。

しかし最近、不幸の底だった頃に戻りたいと思ってしまうのです。
理由は上手に説明できませんが、生きていると実感できる事が少なくなった事にもあると思います。
不幸の底にいる時は、希死念慮のお陰で生きているという事を実感できました。
しかも、普段が不幸だっただけに幸福をより多く感じる事ができました。
しかし現在は違います。現在は生きている事を実感する事もできませんし、幸福もあまり感じる事ができません。

私は今うつ病なのでしょうか。
やめていた自傷行為もまたする様になってしまいました。
私はどうすれば良いのでしょうか。
コメントお待ちしております。
宜しくお願い致します。
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コメント一覧

  • refresh約10ヶ月前
    まっちゃ 30代 女性
    病気だけでも苦しいのに、ご両親からのプレッシャーや暴言、失恋、自傷…
    苦しい経験をたくさんされたのに、少しずつ回復し、趣味も見つけて、本当にすごいと思いました。無事で本当によかったですね。

    最近は、生きていると実感できる事が少なくなったのですか。
    確かに、感情が大きく動いたときのほうが、生きていることを実感しますよね。これだけ苦しいことがあったので、当時は、生きていることを相当強く感じていたのでしょう…

    美乃さんのケースとは少し違うかもしれませんが、私の場合ですと、つらいことがあったときに、つらい感情を「燃料」にして、さまざまな活動をします。

    例えば、私は趣味で小説を書いているのですが、失恋して苦しいときはめちゃくちゃ創作意欲が湧いて、一心不乱に書き続けます。

    でも、失恋のつらさが終わると、意欲が薄れます。なので「また失恋したい!!!(小説を書くために!)」と思うようになります。なんと、恋人がいないうちから失恋したがっているのです。

    周りの友達からは心配されますが、失恋という負のエネルギーは最高の燃料なのです。つらい経験から這い上がって何かに没頭する快感はまさに「生きている!!!」と強く感じる瞬間です。

    …自分の話が長くなってしまいすみません。

    どうすればよいか、という問いについて、ピッタリなアドバイスは難しいですが、やはり「没頭」がカギになると思います。

    アイデア①没頭
    趣味をひたすらやるとか、推し活とか、創作活動とか、そういったことに「強く」のめり込めば、生きていることを実感できそうです。

    アイデア②感動
    あるいは、「感動」なんかもカギになりそうです。
    映画を見るとか、行ったことのないところに行ってみる、絶景の写真を見る、経験したことのないことを経験してみる。何かしら、感情をゆさぶることができれば、生きている感じが出てくるかもしれません。

    アイデア③何もしない
    「生きてる感じがしない」というモヤモヤのなかに、しばらく浮かんでみる。
    休養期間と割り切って、ゆっくり過ごすうちに、没頭や感動の元に出会えるかもしれません。

    自傷の代わりになる「生」に出会えると良いですね。
    • refresh約9ヶ月前
      茜音 10代後半 女性
      最近憂鬱な日が続いておりまして簡単なお礼になってしまいますが、ご回答有難う存じます。
  • refresh約10ヶ月前
    退会したユーザー
    こんにちは。てるです。

    僕も似たような経験があります。だから、何となく分かるような気もするんだけど、でもだからといって同じとは限らないし、何をどう言ったらいいのか悩んでいるところです。

    とりあえず、結城さんのお話だけを見てみた時に思ったのが、不幸だと感じていた時には、それが苦しいものであったとしても多くの刺激があったのだなということです。

    これは僕の感じていることですけども、人が生きていくためには必ず心に刺激が必要で、だから、それがどんなに辛いものだったとしても、何もないよりはそっちを選んでしまうということです。

    何となく今回の結城さんの場合は、そういう感じがするなって思いました。

    結城さんは、それを生きている実感があったと話していましたが、言葉を変えて言えばそういうことなのかなと感じています。


    普段が不幸だっただけに幸福をより多く感じる事ができましたって書いてありましたけど、幸せとか、不幸とかそういうことを感じるのも、ギャップがそう感じさせる場合もよくあることだと思っていて、それも結城さんが言うように、そのギャップが刺激になって、それが生きていく力になっていたのではと感じています。


    うつ病なのかな?っていうことは僕にはよく分かりません。

    ただ、不幸だと感じていた時も今も、刺激が多いか少ないかの違いはあるけど、ストレスがものすごいってことは共通してるんじゃないかなって思います。

    それが、自傷行為として現れているように感じています。


    どうしたらいいのかっていうことは、僕にはよく分かりません。

    分からないですが、方向性として、今か不幸と感じていた時に戻るかの二択ではなくて、新しい方向性を探ることがよりよいのではないのかなって思いました。

    それで、新しい方向性っていうのは、本音で生きるっていう方向性です。

    前に、『勉強しなければならないのは分かっているが、勉強したくないと思ってしまう』っていう相談の時がありましたよね。

    その時と同じような感じで、自分の心に目を向けていく、自分の気持ちに目を向けていく。

    頭だけで分かったつもりになってる疑いがあることに対しては特に、新ためて自分の気持ちに目を向けてみる。

    そうは言っても、見えなくなってるかもしれないし、見ても分からない状態になってるかもしれない。それでも、繰り返していれば、少しずつでも見えるようになっていくはずです。

    そういう風に、今まではと違った視点。できれば、自分の本音からの視点。そういうものを採用していく方向性。

    ストレスが減っていきそうな方向性。そういうものを少しずつでも探ってみてはどうかなって思いました。


    文鳥さんも、様々な視点から見てみたらどうかなって話してくれてましたよね。

    本を読むことが、今までには無かったものの見方を見つけるきっかけになることもあれば、自分の本音を見つける助けになることもあります。そういう意味でも、文鳥さんの提案も助けになるかもしれません。

    ただ、そうは言っても、鬱のような状態だと、何かを足していくこと自体がとってもストレスになる場合がよくあります。だから、無理がないようにとは思っています。

    こういうことは、どうしたらいいかなんて簡単には分からないことだと感じています。

    そして、自傷をするのは、とにかく今をしのぐのに精いっぱいだからだろうなって感じています。

    僕も少ないながら、自傷が出た時には、もうそうするしかない、するとかしないとかそれ以前に、そうしてしまってる状態でした。

    僕にはハッキリしたことは言えなくて、こんな感じでお話しするしかできないですけど、ここではみんな否定せずにいろいろと聞いてくれて話してくれるから、辛くなったらまた書き込んだらいいなって、そんな風に思っています。
    • refresh約9ヶ月前
      茜音 10代後半 女性
      最近憂鬱な日が続いておりまして簡単なお礼になってしまいますが、ご回答有難う存じます。
  • refresh約10ヶ月前
    メンバー
    文鳥さん 30代 男性
    美乃さんこんばんは

    文章拝見させて頂きました。
    うつ病かどうかは医者ではないので言うことはできないです。ゴメンなさい。

    ただ、文章の中で不幸と幸福を多く発していたので不幸と幸福に振り回されてないかな?って思いました。

    これはあくまでも僕自身の推察です。
    多くの方は物事を○か×か、YESかNOか、光か闇か、正義か悪かのようにふたつに分けてしまうことが多いのですが、不幸か幸福かもその部類なんですよね。

    例1 リンゴを食べました。とても美味しかった!幸福。しかし、その後すぐ手を滑らせてリンゴが落ちてしまいました。不幸。
    という結果になることもあります。

    例2 リンゴを食べました。とても不味かった!不幸。しかし、その後すぐ手を滑らせてリンゴを落としてしまった。ラッキー!幸福。
    ということも有り得ます。

    幸福か不幸かは考え方次第と捉えることが出来ますね。

    あとは美乃さんがどう考えるかです。

    本当に過去が不幸といえるものだったのか…。
    もしかしたら幸福だったことに気づかなかっただけなのではないか。

    様々な視点からみてみると何か得られると思いますよ。

    アドバイスをあげるとしたら子供のアニメや絵本を読むといいです。そこにヒントが隠されてたりします。

    • refresh約9ヶ月前
      茜音 10代後半 女性
      最近憂鬱な日が続いておりまして簡単なお礼になってしまいますが、ご回答有難う存じます。
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