聖杯の日記『相談は本人でないと解決できない』
visibility98 edit2024.04.17
とある方と小一時間、会話をしたお話です。
ゆったりとした雰囲気で、わーわー言う私の話を聞いてくださいました。
嬉しいことに、会話自体を楽しんでいると、コメントもいただきました。
実際、私の近況は「ミゼラブル」で、全停止状態です。
暗い気持ちを自覚していると、不思議なもので明るい話し方になります。
まるで、他人事のように。
あれこれ思うことを会話していると、お相手がこう言いました。
「相談って解決してあげられないよね。ってか、解決できるものではないよね。」
はい、同意します。その通りです。
「相談って、私が解決するものじゃないと思う。」
さて、このフレーズをポジティブに捉えたか、ネガティヴに捉えたかは、人それぞれでしょう。
私は、奥深い優しさを感じました。
それは、悩み事を自分で解決した時の達成感や爽快感は、その人だけのもので、
解決に行き着くまでのプロセス自体も、ぜひ楽しんでください、と聞こえたのです。
相談内容に何もコメントがないわけではありませんから、
お相手は、私が見落としていそうな視点を見つけ、ヒントを出してくれているわけです。
ヒントを頼りに進んだ先にあるもの、それが次のヒントになることも可能性があるのです。
ダンジョン・ゲームをクリアするように、新たな経験値や呪文を得て進む、そんな感じ(笑
お相手が解決策を知っていて言わないのではありません。
私ではない新しい視点を話すだけで、コントローラーまでは取り上げないのです。
だって、私のゲームですから。
よく、誘導するより自分が手を出した方が早い、なんてことがあります。
コントローラーを取り上げて、強制プレーヤー・チェンジです。
それでは、自分のゲームをクリアしても、面白くない。
「相談は本人でないと解決できない、解決したくね」
って、実はすごく思いやりのあるフレーズだな、と感動しました。
今日よかったこと♪
波動砲のエネルギー充填を待つ、古代進の苛立ちが理解出来ました。
読んでくれた人へのメッセージ
ご一読ありがとうございます。
※ログインするとこの日記をフォローして応援できます