よしちゃんの日記『シャワーを浴びながら』
visibility58 edit2024.07.18
今日は、昨日以上に寝起きが悪かった。起きたのもお昼過ぎてから。
前の日のことを反省して、もっと早く寝てもっと早く起きようと思ったんだけど、眠れず、体がざわざわして、寝るのを諦め、朝まで起きてた。
起きてすぐは、頭がグラグラして気分も悪く、体が言うことを聞かない感じだったので、夕方ぐらいまでお布団に突っ伏して、自分を想いながら過ごした。
夕方ぐらいにようやく少し体が動ける感じになったので、台所に立ちゆっくりと少しずつ食事を作り、ゆっくりと食べた。
暗くなってシャワーを浴びた。シャワーを浴びていると気持ちが落ち着くことが多い。白一色のユニットバス。その狭い白一色の空間の中で、上から流れ落ちてくる水を浴びながら過ごしていると、まるで精神と時の部屋にいるような感覚になる。そこでそのように過ごしていると、いろんなことが浮かんでくる。
今日はこんなことが浮かんできた。
僕は毎日、平和で争いのない状態で過ごしているな‥
そう思ってすぐ、とてつもない違和感を覚えた。
そしてこう思った。いや、そうじゃないな。ただ、城の中にいるだけだ。
生きるということは、殺すということ。生き物は全てそのようにして生きている。
特に人間はというと、必要以上の衣食住に、着飾り、遊び、探求し、気が狂うほどの膨大なエネルギーを他の生き物たちから搾取し、殺し、弄び、それを生きるために費やしている。
地震が起きて、津波が起きて、噴火して、その度に多くの犠牲があり、多くの悲劇を体験した。人間はその苦しさを知っている。その悲しさを知っている。だけども、その天災レベルの災難を毎日、何千何万も、他の生き物たちに浴びせている。
僕はただ、城の中で外のことに、他のものに目を向けず、悠々自適に過ごしているだけ。人間の生活の実態は、単に弱肉強食の食物連鎖の大頂点にあるだけのもの。
命を大事に‥、愛が溢れて‥、感謝して‥。どの口が言うのか。
当然、他の生き物たちも、殺し殺されを続けているのだから、誰に何をされても仕方は無い。だけど、それは人間たちも全く同じ。
僕はシャワーを浴びながらそれを思い。そう思ったらホッとした。
これで、誰も責めなくて済むような気がしたから。誰に何をされようと、どんな悲劇に見舞われようと、それを恨み責めることができるような自分ではないことを自覚できたから。
嘆くことはあるだろう。悲しむことはあるだろう。それでも、恨み罵り、批判し、責め、裁き、怒りの中で過ごすことは、我を忘れることが無ければ、起きてこないような気がした。
そうは言っても、人間というものは、僕を含めて自己中心的なものだから、我を忘れて怒り、他を責めてしまうことはあるだろう。
それでも、自分自身の行いを自覚することを忘れなければ、きっと僕は大らかであれる。他を責めず、自らを反省し、怒りや憎しみから離れ、苦しみなく過ごしていける。
僕が幸せでありますように。僕は僕が幸せであることを想う。
想えば想うほど、僕は幸せに近づいていく。怒りなく憎しみなく、苦しみなく過ごしていける。きっとそうに違いない。
今日よかったこと♪
日記を書いた。一気に書いたから、誤字脱字が多いかもしれません。
無理をしなかった。
自分を想った。
できるように食事を作った。
読んでくれた人へのメッセージ
読んでくれてありがとうございました。
前の日記で、共感!とか押してくれた人たち、ありがとうございました。
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