ごりらの日記『帰りに読んだ漫画のこと』

今日は帰宅中に『ワンパンマン』を読んでいた。
『ワンパンマン』は、無敵の強さと引き換えに、ハゲてしまった主人公「サイタマ」が、趣味でヒーローとして怪人と戦ったり、他のヒーローたちと交流していく様子が、主に描かれている、ギャグ要素の強いアクションヒーロー漫画なのだが、最近、帰りの電車でその漫画をよく読んでいる。

今日読んでいたのは、「超合金クロビカリ」というヒーローの話で、彼はある理由から自信をなくし、ヒーローを引退してしまうのだが、その後、もう一度自信を取り戻し、ヒーローとして返り咲く様子が描かれていた。
「超合金クロビカリ」はその名の通り、黒光りしている筋骨隆々のボディビルダーのような見た目をした男性で、その肉体の強靭さで言えば、サイタマを除いて、最強と言える人物でもある。その彼が、この話の中では、あるヒーローの一言で、自身が第一線を退いた事の意味を再認識し、涙を流す場面があり、感動的だったのだが、そこの場面でクロビカリが、自身の内で独語している様子が、セリフと共に描写されているのを見て、自分たちに囁きかける声というのは、声あるものばかりではなく、声のないものも多くあると思った。

その囁きかけている何かは、他者だけでなく、クロビカリのように自分の中にいる自分が語る場合も含まれているけれど、これまで生きてきて、囁かれているという時のその囁きは、音を伴って掛けられる言葉に限っていたかというと、それは全く違うように思えた。

心にあることだから、もちろん声なき声であって、言葉のみが心の内にあるのだけど、今までそのことに気が付かなかったなと思った。
他の映像作品でも、「そう囁くのよ、私のゴーストが」という有名な台詞があるけど、それはあくまで直感的な意味合いで使われていたように思う。(たぶん)

今日はそのような事が気になった一日だった。

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