かなたの日記『どうしたら良いのか、わからなくなった』
visibility16 edit2025.12.01
今日、家から一歩も外に出なかった。
気力がない。身体を起こすのがしんどい。家事をするのも、日課のゲームをするのも。さらに言えば、トイレに行くのも、水を飲むのも、きちんと食事をとるのも億劫に感じる。
昼過ぎ、なんとかトイレに入り、水を飲み、母が干してくれた洗濯物をこむ。空腹を満たすために菓子パンを食らう。溜まった洗い物を横目に、また寝床に戻る。本当は、炊飯器のご飯だって移さなくてはいけないけれど。
こういう時は、スマホをいじるのにかぎる。適当な漫画の試し読みをし、読み終わり、また読むものを探す。横に縦に、画面をスクロールし続ける。
漫画は面白い。しかし、その内容は、全く記憶に残らない。ただ、そうしているのは楽だ。身体にのしかかる重力から、その瞬間だけは解放されるから。
夜、家族と外食をする予定だったが、ドタキャンする。かすかにある微熱を理由に、家でひとり、漫画をむさぼる。
母が帰ってくる1時間ほど前、スマホの充電が無くなりかけ、やっと観念し、身体を起こした。
時々、考えることがある。頭をよぎる過去の失敗に、「もっと頑張れたのではないか」と。
今となっては、いたずらに過ぎたように感じる、学生時代。始めてはすぐに辞めたバイトの数々。家族のこと、そしてなにより、自分自身とのつきあい方。
この1年、なにをしていたんだろう。流れるように高校を卒業して、のうのうと過ごしていた気がする。
もっと頑張れたのではないか。
その実は、今日のような1日の積み重ねだったことを、私はいつも忘れてしまう。理由の一つは、そんな日々が残すものはなにもないからかもしれない。
先日の通院で、私の調子が通い始めた頃より良くなっていることを告げられた。それは私自身感じていたし、当時のようにストレスフルな社会活動を休止した今、その結果は当然だと思った。
しかし、いつかまた社会に戻ったら?私の根本的な問題は解決していない。心に深く根付く、自己否定感、トラウマ、コンプレックス、対人恐怖。
そしてきっと、これからもそれらをやり過ごして生きる。5年後10年後、私はまた思うのだろうか。
もっと頑張れたのではないか。
今日よかったこと♪
コーヒーが美味しかった。
読んでくれた人へのメッセージ
読んでくださりありがとうございました。今夜も眠りにつけますように。
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