ゆめの日記『そもそも集団から排除していい人間はいない』
visibility9 edit2026.02.12
昨日の続き
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まず定義:アウトなのは「ぼっちにする」=社会的に切る行為
ポイントは “関係を持たない自由” と “孤立させる力の行使” は別物ってこと。
これはアウト(押し付け)
• 無視(挨拶を返さない、話しかけても存在しない扱い)
• 仲間外れ(全員で誘わない・情報を回さない・輪に入れない)
• 排除(近づくと露骨に嫌な顔、席を立つ、空気で追い出す)
• 相談相手ゼロ化(誰にもつなげない/「あの人やめときな」拡散)
これらは「私は関わらない」じゃなくて、周りも関わりにくくするので、
一人の好みを超えて 人の生活の土台(安心・情報・所属)を削る行為になる。
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なぜ正当化できないの?(理屈を現実寄りに)
1) “困った人”を切る基準は、すぐ全員に刺さる
「空気読めない」「どんくさい」「障がいがある」って、固定属性じゃない。
誰でも
• 体調不良
• 育児や介護で余裕ゼロ
• 失敗が続く時期
• 新しい環境で不慣れ
で、一時的に“そう見える側”になる。
だからそれを理由に切る文化は、回り回って自分が弱った瞬間に自分をも切る社会になる。
2) 排除は“加速”する(基準のエスカレーター)
一回「切っていい」が成立すると、
次は「ちょっと合わない」も切る、
次は「機嫌悪い」も切る、
次は「断る」も切る…って基準が広がる。
結果、集団の中は安全じゃなくなる。
みんな“切られないための演技”にコストを使って疲弊する。
3) 人を孤立させるのは、単なる感情じゃなく“損害”になる
孤立はメンタル面だけじゃなく、
• 情報が入らない(行事・ルール・助け)
• 誤解が増える(本人の説明機会が消える)
• 子育てや生活の詰まりが解決しない
みたいに、現実の生活を詰ませやすい。
つまり「嫌いだから距離」より強い、実害が出る。
4) 「嫌だから排除」は、実は“集団権力”を使ってる
一対一で「この人苦手、距離置く」は個人の自由。
でも無視・仲間外れ・空気で追い出しは、だいたい 複数が関わる。
複数になると、もうそれは好みじゃなくて
**“場の支配(この場にいていい/いけない)”**になる。
それを誰か一人の感情でやっていいわけがない。
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じゃあ「関わらない自由」はどこまで?
ここをちゃんと分けるとスッキリする。
セーフ(個人の自由としてOK)(パワハラ上司など)
• 「私は深く関われない」
• 「今日は余裕ないから話せない」
• 「1対1はしんどいから距離置く」
• 断る/帰る/静かに離れる(相手の尊厳を折らない形で)
→ これは 自分の境界線であって、相手の居場所を潰してない
アウト(他人をぼっちにする)
• みんなで無視する空気を作る
• 誘わないのを“当然”にする
• 悪評や「関わらない方がいいよ」を回して接点を潰す
• 目の前で露骨に嫌な顔・避ける(恥をかかせる)
→ これは 相手の社会的な足場を壊す。
今日よかったこと♪
「相手の社会的な足場を壊す」が自分のこれまでを振り返っても確かにそうだし凄く納得いった。
今日も気づけて良かった
読んでくれた人へのメッセージ
来てくれてありがとう
読んでくれてありがとう
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