解決済み
一緒にお話したい
20代前半 男性

仕事と将来について。

visibility170 chat3 personそうた edit2026.02.12

高卒二十歳です
転職活動をしているのですが、なかなか決まらなく不安です。
将来の夢はあり、それに向けて勉強しています。
ジムにも通い体を動かしています。
今後安定した仕事に就けるか不安です。
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コメント一覧

  • refresh3週間前
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  • refresh3週間前
    さとる 30代 男性
    あなたの将来への不安は誰もが感じるところですね。

    それで、この世で安心について少し考えてみます。

    安心といったらご飯が食べられて、雨風が凌げる家があることでしょうか?

    あなたはどう思いますか?

    遊ぶお金も欲しいだとか、週一日は焼き肉がいいな、とかありますか?

    彼女がいるとか、妻がいるとか、人によってその安心のパッケージは色々ですよね。

    それで、もっと先のことも考えてみてほしいのです。

    人は最後はどうなる生き物でしょうか。

    年老いて死ぬでしょう。

    そこで「いやあ、もう全く安心したんでいつ死んでも大丈夫ですよ」そんなこと言ってる老人を見たことがあるでしょうか。

    みんな最後ははちゃめちゃ不安の中、死ぬのは怖いと思いながら震えていませんかね。

    ちょっとそこで気づくことがあるんです。

    今の不安に何か意味はあるのか?と。

    どうせ死ぬのにどうして今が不安なのか?

    心はトリック使ってるんですよ。

    死への恐怖をあなたが就職できないこと、へすり替えているんです。

    本当は心はいつも死を恐怖していますよ。

    だから、死を感じたらだれでも今この瞬間で怖くなるでしょう。
    それが証拠です。

    だからその気持ちに「就職」という蓋をして、漏れ出す不安を「就職できない不安」として感じているのです。

    だからそれは死ぬまで何かで蓋をするんです。

    お金がないことやら、彼女ができないことやら、結婚できないことやら、隣人が迷惑なことやら、人生はそういうトリックで生かされているんじゃないかと思いますね。

    だからあなたが本当に助かるだろうアドバイスは就職できないことへの回答ではなく、不安への姿勢だと私は思うんですね。

    それはそのまま、死ぬことの恐怖をどう捉えるかということでもあります。

    もし、明日大地震が来て、日本列島が半分壊滅したら就職できないことが気になりますか?

    なりませんよね。
    だから、その不安はやっぱり心の作った仮初の条件でしかないんです。

    それで極限を考えてみてほしい。

    生きていけることがまず、あなたにとって一番安心できることですね。
    もし、就職できなかったらあなたはその瞬間に心臓停止するでしょうか?
    しませんね。

    最終的にお金がなくて、飢えて死ぬかも、と思うかもしれませんが、その瞬間までじっとしている自分が想像できるでしょうか?
    あり得ないでしょう。死に物狂いでいろんな人に助けを求めるはずです。
    つまり、就職できないという問題は本当の不安なんかじゃないのです。

    私は「生きていける」、それなら安心なのです。

    そして、悩み苦しみがないこと。

    もし、あなたが年老いてこう考えていたらどうでしょう。
    「死ぬってどんななんだ?」「何が起きる?」「苦しいんだろうか……」
    「この病気はとても痛くて苦しいんだ」

    そんな悩み苦しみを少しでも抱えていたらたとえ生きていても不安でしょう。
    つらいですよね。

    ですから、心から「悩み苦しみ」を取り除くという力が必要ですよ。
    その方法は今この瞬間を全力で生きるということです。

    朝起きたら自分が朝日を感じていることを実感する。
    脚をベッドから降ろすことに意識を向ける。

    そうやって心を「今」という感覚に繋ぎとめて生きるということです。
    「明日死ぬかも」なんて考えて生きる人が、今この瞬間を楽しく明るくいられないですよね。

    職探しにしても、ただ脚を動かして履歴書を出しに行く、メッセージを送る、一つ一つを分解してみればなんてことないただの瞬間瞬間の何の変哲もない流れですよね。

    そこに「就職できるだろうか?」なんて不安を持ち込んでみても意味がないんです。
    だって人の最後は決まっているんだから。

    それが本当の「生きる」ということだと思います。
    どこかに心を吹っ飛ばしてみて、そこで「苦しみ」に浸かることが生きることではないと思います。
    そんな時間にいることは自分への虐待ですね。
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