martsunの日記『変わりたくとも』

 今日、面接の担当官と、映画の話で盛り上がった。
面接官のNは僕より20も若く、学生の頃映像制作を学んでいた。僕の履歴書の趣味欄に、映画鑑賞とあったので興味をひかれたらしく、どんな映画を観るのか尋ねてきた。目つきは鋭く、日焼けした体格のいい若者だ。Nが仕事の説明をし、僕がNに質問を投げ、ひとしきり両者の希望や条件を出し合った頃には、だいぶ雰囲気もほぐれていた。Nは履歴書を見ながら、趣味は映画鑑賞とありますが、最近は何か見ましたか、と尋ねてきた。
 最近あまり映画館は行かないけど、「君たちはどう生きるか」は、劇場で観ましたよ、と僕は答えた。Nが、「ああ、ジブリの。どうでした?」と尋ねてきたので、いまいちだったと答えた。難解だという評判ですよね、とN。映画で描かれている謎かけや比喩の意味は何となくわかるけど、それを解くのに忙しくて楽しむ暇がなかった、と僕。時間制限のある試験みたいなもので、大抵の人はテストの問題を解く時に楽しいなんて感じないものだ、と。
 Nはマーベルのスーパーヒーローものが好きなごく普通の映画好きらしい。学生時代、周囲の人たちの熱意の高さに気圧されて、自分にはそれだけの覚悟がないと、その道を諦めた。周りは大学に入る前から自主製作映画を作ったり、コンテストに応募した経験のある生徒ばかりで、自分にはそうした背景が無い、という引け目があったという。僕は、いくらキャリアを積んでも芽が出ない人もいるし、逆にぽっと出の新人がいきなり才能を開花させることもある、というようなことを言った。諦めるには早すぎる、と言外に匂わせた。まだ二十代半ばだという彼は、可能性で輝いて見えた。若さへの羨望もあったかもしれない。
 僕たちは国道沿いのマックで面接をしていた。僕の住むアパートから徒歩で10分ほどの店。派遣の面接では、会社の事務所ではなく、応募者の家の最寄り駅近くの飲食店で面接、というのはざらにある。周りの客が息抜きや昼食をしている中、自分の履歴について話し、スキルや経験を評価される。転職まみれの自分の過去を周りの他人に聞かれる。そんな状況は、決して気分のいいものじゃない。だけど、映画について話していると、それまでの気恥ずかしさはなくなっていた。気が付くと二人で笑いながら、たわいのない話をしていた。
 新旧実写版バットマンシリーズのジョーカー役でだれが良かったか、初代バットマンの音楽を担当したダニー・エルフマンは、オインゴ・ボインゴというバンドの出身だとか、そのバンド名は荒木飛呂彦の漫画で使われているとか、Nがマック好きでよく食るというので、マックを1か月食べ続けたら身体にどんな変化が起こるか検証したノンフィクション映画がある、とか。映画のややマニアックな話で盛り上がる。
 面接を終え、Nが去った後、しばらく店に残って冷たいお茶を飲んだ。楽しもうと思えば、面接ですら楽しめるんだな、と思った。今日の面接の職種は飛行部品の組み立てで、かなり狭き門だったが、たとえ選考から漏れても、まあいいかとも思った。費やした時間に見合う会話の面白さだったし、明日も面接を入れてあるし。店を出ると雨だった。しばらく歩いた。いつもの海に行き、砂浜を歩き、アップダウンのきつい峠道の散歩コースと続く。歩きながら、なぜ人間関係は仕事となると途端に無味乾燥になるのだろう、と考えていた。胸襟を開けば、場の空気は柔らかくなる。警戒心が壁を作り、壁の中で人は窮屈さを味わう。どんな場所でも、壁をなくせるような人になりたいが、それこそ夢物語に思える。変わりたくて変われる人がどれほどいるだろう。

star今日よかったこと♪

面接 ウォーキング

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