martsunの日記『にわか雨』

些細なことで、ものすごく落ち込むことがある。
傘が無い時に出会うにわか雨みたいに、こらえた涙で心はびしょぬれだ。

月末は入荷作業が忙しい。駆け込みで沢山の製品が倉庫に入ってくるので、他部署からも応援が来て、皆で和気合いあいと作業をしていた。段ボールを開け、製品を数え、シールを発行し、張り付けていく。たまたま僕は一人作業を命じられて、ぽつんと一人棚入れという作業をしていたら、妙に落ち込んでしまった。先週は色々と嫌なこともあって、ストレスがたまっていたのだろうと思う。「なんで自分はいつも一人なんだろう」という思いが不意にこみあげてきた。別に周りから距離を置かれている訳ではない。新入りの僕にいやな態度をとって来る人はいる。それは悩みの種ではある。が、大多数は普通に接してくれる。多分恐れる必要のないことを恐れている、と、自分ではわかっているのだが、孤立するということに強い警戒を抱いている。といっても、周りと親しくなりたい訳でもない。
格別人が好きではないけど、孤独に対する耐性が無い。一人でも平気でいられる強さが欲しい、と日々自分を鍛えているつもりでも、時々むき出しの寂しさが、ぎらぎらと光る刃のように心を切りつけてくる。いやなことがあると、好きなはずの仕事が急に色あせて見えてしまう。注意が散漫になり、些細なミスをしてしまうが、周りは優しくフォローしてくれる。

でも、周りが優しい態度をとってくると、自分が気を使わせているのか、と惨めに思えてしまう。そんなことがあった後の週末は、何かやる気が出ず、家にこもりがちだった。いつまでも続く残暑もあって、外出は最低限に抑えて、映画を何本か見た。簿記の勉強を進めたり、好きな本を読んだり、スタジオに行ったり、街をぶらつこうかと思っていたけど、どちらもやらずじまい。今頃、仕事のメモをまとめたりしている。

一度きりの人生が、自分の命を使って描き上げる一枚の絵だとしたら、それを恐れという色で染め上げたくはない。できれば、美しい絵を描き上げて、神様に見せつけてやりたいものだ。あなたが仕掛けた逆境を乗り越え、そしてあなたが与えてくれた強みを活かして、こんな美しい時を生きたよ、と。苦しい時、憎らしくなるし、楽しい時には感謝する…そんな存在が神という相手だと思う。まあ、実在したらの話だけど。

家でゴロゴロしながら、久しぶりにギターを触ってみた。去年スタジオの月極契約を解約してからは、ほとんど触っていなかったモーリスのアコギだ。癖のように弾いていたフレーズを幾つかつま弾いてみると、意外と弾ける。近所迷惑だろうなとは思ったけど、40分ぐらい鳴らしていた。クリームのクロスロードや、サザンのtsunamiとかを、つっかえつっかえ。楽しい。秋が来たら、空気が乾燥してきて、ギターの鳴りもよくなると思う。またスタジオに行ってみるか…。

映画は、「すずめの戸締り」と、「最後の決闘裁判」を見た。二つの映画は全く異なる作風だけど、どちらも自分好みで、かなり面白かった。新海誠も、リドリー・スコットも好きな監督だ。作風はまるで違うが、緻密な演出とこだわりの映像という共通点もある。「すずめ」のダイジンに妙に感情移入して、泣いてしまった。ダイジンは可愛い…。

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画像提供サイトPexels.com

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