ごりらの日記『困っていたら誰かが助けてくれる確信』
visibility60 edit2026.01.16
今日は年明けに見たNHKの番組の事を思い返していた。
内容は宗教の持つ可能性について主に語られていたが、その中でもローマ教会の枢機卿の方の話していた「ガーナマジック」という話が印象的だった。
宣教師として派遣されたガーナで、現地の人たちが困窮した状況でもニコニコと笑っているのを目にし、どうしてなのか聞いてみると、自分たちには困っていたら誰かが助けてくれる確信があるから、野垂れ死にすることを心配する必要がないと語られ、それを「ガーナマジック」だと話していたという。
その時は「そうは言ってもね…」と自分のような偏屈な人間は語りたくなったが、そう言おうとした矢先に、つい最近見ず知らずの人に助けてもらったことがあるのを思い出した。
自分が古い漫画や雑誌を処分しようと、紐で結んでゴミ捨て場に持って行った時、ふいに紐が切れて雑誌などがバラバラと散らばってしまった。すると、どこからか「お兄さん、お兄さん」という声が聞こえ、振り返ると高齢の男性が庭から顔を出して、ビニール紐の束を差し出すと「これ使ってよ、終わったらそこに置いておいて」と一言言って去っていった。
自分は少し驚いたが、正直とても助かるので、感謝を述べてその紐を使わせてもらった。
その時は、ただ助かったなとしか思わなかったが、振り返ってみると、全く見たこともない人だったし、第一、なんで親切にしてくれたんだろうと思っていた。
恐らくそれは、自分がガーナの人たちとは、正反対の世界観に暮らしているためかと思う。「中には親切な人もいるかもしれない。けれど、必ず誰かが助けてくれるなんて迷信だ」という言葉を聞いても、たいていの人は不思議に思わないと思う。でも、その世界とは真逆の世界のことを聞いて、しかもその真逆という感覚を自分の体験からより強く実感するというのは、何か意味深いものがある気がした。
もし頭の中だけでなく、頭の先からつま先までそのことを知っていたら、確かにいつもニコニコしていても、不思議ではないような気がする。もしかしたら、そんなことを想像することすら、今の自分たちには難しいのかもしれないけれど、自分の中ではガーナの人たちが言っていたことは、決して浮ついたことではなくて、実際遥か遠くに住む自分の身にも、繋がりのあることに思えた一日だった。
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