左利きへの固定観念
edit2016.07.07 1,765
どうも、ゲスの極み乙女です。
暑いですね、暑い。フリーライター(仮)としての誇りを持つゲスでさえも、暑さは強敵です。 水浴びしてお茶飲んで布団でぐったりと眠ってしまいたいくらい、暑さに弱いです笑
さて、皆さんは左利きへの方にたいして、どのような感情を持たれますか?
“手先が器用”
“字が独特”
“計算に強そうだ”
“芸術的なセンスがある”
“天才肌”
“言語に強そう”
というような考え方が浸透してるんではないのかな、と、思います。
僕も、左利きだという理由で、
“手先が器用なんだね”
とか、
“芸術的な才能があるんだね”
“天才肌なんだね”
と、初対面の人から、上記のようなことをよく言われて、生きてきました。
実際の僕は、手先が器用でもないし、芸術的な才能があるわけでもないし、天才肌というわけでもありません。
むしろ、その反対のことが、多くて、左利き、という固定観念に苦しめられて生きてきました。
本当に、固定観念て嫌な言葉ですよね。
じゃあ、どうして固定観念に縛られるんでしょう。 それは多分、”周りに流れている情報が正しいと言った認識”や、”過去の偉人、国の代表など、左利きの人が多いから、一般の人もそうなんだろう。”といった、考え方が浸透してるからなのではないか、と、思います。
うーん。なんだか僕にとっては、複雑な感じですよ。同じ左利きの人が成功を収めていることは、嬉しいことだけど、それと同時に、個人を初見で判断しようとする、嫌な風潮が、世間に溢れかえってしまっているからですね。同時に、自分は左利きなのに、なんで他の左利きの人と違うんだ!という、自身の喪失にもつながってしまうんだと思いますね。
というか、むしろ僕がそうでした。
“これ以上、利き手だけで判断しないでくれ”
そう思わない日は、ありませんでした。
できることなら、同じ右利きに矯正して、世界の90パーセントを占める同じ集団に入り込みたいと、思いました。
しかし、長らく身についた習性は、言うことを聞かない。
右利きで字を書こうとしても、赤ちゃんの字になるし、変な鉛筆の持ち方しかできない。
右利きでご飯を食べようとしても、思うようにご飯粒が掴めない。
結局、左利きを諦めることはできなかった。
でも、僕には他の人には負けない能力があります。 それは
“諦めずに勉強する力”
“人の良さを見つける力”
これらの能力のお陰で、左利きを受け入れて、生きることが、できています。
結局、左利きでも、右利きでも、自分達なりに、能力に気づけること、能力を磨き上げることが、一種の”才能”なのかもしれません。
大多数の中に入っても、少数の中に入っても、固定観念に縛られずに、生きていくこと。
能力を見つけ出していくことが、大事なんだと、思います。
だから、左利きへの固定観念は、傷つくこともあるけど、僕なりに考えて行動することができた、一種の原動力 にもなったわけです。
これからも、固定観念に縛られず、力強く歩みたい。
以上、ゲスの極み乙女でした。
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