癒えた悲しみ
visibility242 edit2024.09.23

こんにちは。しらたまちゃんです。
コラムはかなり久しぶりですが、メルマガでは2週に1回いろいろ書いてみなさんにお届けさせていただいております♡
8月、今年は祖父の初盆でした。
飛行機に乗って、四国までびゅーんと行ってきました( *´꒳`* )♪
私は関東に住んでいて、祖父は四国に住んでいて、私が高校生になってからは私の都合でなかなか会いに行くことが出来ませんでした。
祖父の家系は癌にかかって亡くなる人が多く、私が会えなかった間に祖父も例に洩れず癌にかかりました。
1度は手術をして元気に過ごしていましたが、2度目では転移もあり、病状も悪く手術はできないと医師に言われたそうです。
恰幅のよい祖父でしたが、病状を聞いて会いに行った母から写真を見せてもらった時はショックで言葉が出ないほど姿が変わっていました。
それでも祖父は生に強くしがみついて、酸素を吸入しながらも、今までお世話になった人のところを巡る旅行をしたり、お遍路さんを車で回らせてもらったりして活動的に過ごしていたそうです。
お墓屋さんだったので、自分の家のお墓参りも大切にしていて、亡くなる1年前の夏に私は祖父の手を取って体を支えながらお墓まで行きました。
祖父はそのことをとても嬉しく思ってくれたそうで、私のいない所で親戚やサポートしてくださる方などに「うちの孫はすごく優しい、あの子は優しい、お墓に行くのに手を取ってくれたんだ」と耳にタコができるほど話していたらしいです笑
そして去年の12月。
1、2週目は変わらず元気で、イルミネーションや温泉に行ったことをビデオにとって送ってくれました。
3週目。訪問診療にて「もう、心の準備をしておいて下さい。次に体調が悪くなったら数日のうちです。」と医師から告げられました。
4週目の週末。急激に病状が悪化し、四国に行く予定を急遽前倒しにして会いに行くことにしました。
しかし、向かう前日に息を引き取りました。
「年末はそっちに行くから、おじいちゃん待っててね」って何度も電話で話したのになんで……と、寂しさと悲しみと悔しさとで私はぐちゃぐちゃでした。
プライドが高く、人に良いところしか見られたくない祖父だから、苦しんでいるところを見られないようにしたのかもしれません。
なくなってから葬儀が終わるまではバッタバタでしたが、合間でほんの少し時間ができると静かで穏やかな空間と悲しみが入り交じる不思議な感覚に体と心が飲み込まれて溺れていくような感じでした。
それから、8月で約半年ほど経ち、初盆を迎え、祖父をお墓までお迎えに行きました。
祖父のお墓は高い山の中腹あたりにあり、お墓が正面を向いている方向には、写真のような景色が拡がっています。
当時はあんなに悲しくて、悔しくて、寂しくて仕方がなかったのに、今ではこの景色のように心も晴れて穏やかです。
奥には海も見えますが、祖父への想いはその海のようにどこまでも続きます。
当時の深い悲しみは、黒く硬いゴツゴツとした岩のようだったのが、周りの人たちと悲しみを分かち合うことで角が取れて丸くなり、時間の流れの中で少しずつ削られて小さな石ころになり、砂になり、心の土壌を強く豊かに育ててくれました。
悲しい気持ちって、その時はマイナスになってしまうけれど、悲しみが癒えるまでの経験はその人を構成するとても重要な要素になるのだと気づいた夏でした。
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