ただ話を聞いてほしい
家庭環境(主に母)のことで割と精神的に辛いのでどうすればいいか知りたいです
visibility74 edit2026.03.02
どなたでも構いませんので、何か一言でも優しい言葉をかけてくださると幸いです。
焦って書いているので、日本語が変なところがありますが、お許しください。
私は現在高一です。一人っ子。父と母、祖母(父方)の4人で暮らしています。経済状況は裕福とは言えません。父はラジオ局、母はパート。祖母は小学校で特別教室の支援員(的なもの)をしています。普通よりやや下といったところでしょうか。
主にストレスなのは母です。ヒステリックが多く、すぐに機嫌が悪くなります。最近では私の進路についても強制し始めました。
幼い頃の記憶は小1.2ぐらいからしか鮮明に残っていませんが、母の機嫌を損ねないように、常に笑顔を心がけていたのを覚えています。
父母私の3人の家→祖母の家に引っ越してから、母が不安定になったのだと思います。家がかなり古く狭いです。移動もかなり不便で、母は家事のストレスをよく喧嘩に持ち出します。
主な喧嘩は、母が祖母に怒り出す形で始まります。祖母もおせっかいなところや、お喋りなところがあり、孫の私でも、少し面倒と感じることがあります。父は家にいる時間があまり多くなく、母と祖母の喧嘩の仲裁をよく私に任せて行きます。父にも多少なりとも嫌だと感じることもあります。
過去の喧嘩は数えきれないほどあり、全ては話しきれないので、私が特に辛かったものをあげて行きます。
喧嘩がヒートアップし始めたのは中学に上がってからでした。中3のとき、遂に母が祖母を殴りました。理由を聞くと、サッカーの試合をTVで見ていた母に、帰ってきた祖母がいろいろと話しかけたそうです。楽しく見ていたときに口を挟まれてイラっとした、口が臭くて嫌だったから、だと。
父には怒られました。どうして止めなかったのかと。そのときは咄嗟に『自分も殴られるのが怖かった』と言いましたが、本当の理由は自分の中に諦めがあったからです。もう喧嘩も見慣れに見慣れ、ただ絶望していただけです。
その年の12月末、家族で年越しそばの天ぷらを注文する際に、去年のとき量が多かったからと、海老天を一つ減らしました。すると、母が『私の分を減らされた!私に食べるなっていいたいの!?』と怒りました。勘違いです。誰もそんなこと言っていません。母は自らの母と妹に、かなり脚色を加えた顛末をLINEしていました。
誤解を解きたかったため、私は祖母(母方)と母の妹のみのグループラインを作って、今回のことの顛末を説明し、中立でいて欲しいとお願いしました。ちょうど私立受験を控えていたときで、精神的に参ってしまいました。
そして公立高校受験の前日にもありました。今度は私と母の喧嘩なのですが、私が母の機嫌を損ねてしまい(理由はあまり覚えていません。ごめんなさい)、約束していたのに『アンタの弁当作ってやらないから』と言われました。受験前日だったこともあって、かなりのショックを受けました。
風呂に入って冷静になった母が『やっぱり弁当あたしが作るからいい』と言い出しました。私は『良いよ無理しなくて。私、朝買ってくるから』と言いましたが、そうしたら『作るって言ってるでしょ!?』と怒られてしまいました。
次は高一の1月です。最近ですね。私がクリスマスから三ヶ日にかけてインフルにかかってしまい、母に負担をかけてしまいました。母はその負担と仕事のストレスで爆発し、祖母と喧嘩を始めました。そこに父が入り、さらに父が母を嗜めると、母が父に向かってステンレス製のコップを投げつけました。私はそのとき過呼吸を起こしてしまいましたが、誰も声なんてかけてくれませんでした。
喧嘩を一通り終えて私に2人の愚痴を言い出したとき、遂に私の進路に口を出しました。要約すると
『絶対に絶対に大学に受かって、こんな家から出ていけ。もし大学に全落ちしたら、絶対に意地でも気象大学校に入れ。働きながら浪人して、そこに入れ。浪人分まで支援してやる金はない。』です。以前気象大学校は母からおすすめされましたが、気象分野に興味がなく、断りました。偏差値も、今現在目指している大学よりはるかに高いです。私はIT系に進みたいんです。プログラミングなどです。断ったのに、いつのまにかこれを強制されていました。
父は母と祖母が喧嘩していそうな雰囲気を感じると、私に『頼むな。』といって任せっきりで仕事に行きます。忙しいのはもちろん知っているのですが、あまり私に寄り添ってくれた記憶はありません。私に仲裁を任せ、いざ止めないと怒られます。私はもう喧嘩に関わりたくありません。仲裁なんてしたくない。そこが嫌でした。一度でも『辛いときはすぐ言えよ』みたいな言葉が欲しかった。
母はもともと暴力的な気質があります。過去にも父にリモコンを投げつけたり、ドアを思い切り閉めて祖母の足の指を挟んだりといった感じです。多分まだあるんでしょうが。
母は脳梗塞を発症し、脳の手術を受けています。だからよく、『障害を持ってるのに頑張ってるんだよこっちは!』という言葉の盾を出します。
私が直接暴力を受けたわけではないですが、靴下を乱暴に投げられたりぐらいはありました。こんなの暴力のうちに入りませんがね。
こんな家庭になんて生まれたくなかったんです。
自由に生きたいんです。普通の社会人になれない気がしてくるんです。
優しくて、話を聞いてくれて、子供の前で喧嘩なんかしなくて、愚痴なんか言われなくて、機嫌の良し悪しで子供への態度が変わらなくて、自由に進路を選ばせてくれて、心に余裕があって、経済的にも人並みに余裕があって、怒りっぽくなくて、ヒステリックなんて起こさなくて、ただ平和で笑ってくれてる、普通の家庭に生まれたかったんです。友達が羨ましい。兄弟なんていないから、等身大で話を相談できる人なんていません。逃げられない。アテがない。友達が恨めしいです。そんなに良い家で育ってて、いいな。そっちがいい。交換して欲しい。
でも、そんなの贅沢だというのは重々承知しています。
どこの家にもこんないざこざなんてあって、私より何倍も辛い人がいて、私なんかがこれくらいで相談して良いことじゃないんです。でも、辛かったんです。だから、こんな自己満な書き込みをしてしまいました。本当に申し訳ありません。
拙い文章で申し訳ありません。読みづらい部分もたくさんあったと思いますが、最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます。
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