ちーの日記『母のない子になったなら』

 昨日仕事中、生まれる前にヒットした曲の歌詞が不意に頭に浮かんだ。
 
 『母のない子になったなら 誰にも愛を話せない』

 寺山修司が作詞し、カルメンマキが歌った『時には母のない子のように』。高校生の頃の私は結構な文学少女で、特に寺山修司と太宰治の影響で薄暗いイメージの青森に危険な憧れを抱いていた。いや、青森にも吉幾三みたいな人もいるんだけど。

 ちょうど没後10年とのことで書店などがキャンペーンをやってたのも私を後押しした。とはいえYoutubeとかなかったので、タモリがモノマネをしてたと聞いて『み、見てみたい』と思った。父(同学年)には「”競馬はロマン”とか言う奴ぁ勝てねぇ」と言われた。

 話がそれた。この曲で、カルメンマキはデニム姿で紅白に出場し、「ジーパンがステージ衣装になる時代が来ました!」と紹介され、結構な非難を浴びたらしい。まぁ十数年前でさえデニムにパーカーかなんかでaiko(私と同い年)が紅白に出た時、母が「もっといい服着てきなさいよ」と言っていたから今も昔も紅白信仰は根強い。

 で、寺山修司自身は『母』の存命中に他界した。『母のない子』になる事なく。
 寺山の『母』へのこだわりは強い。いろんな作品を残してるが、中でも象徴的なのは母の写真をビリビリに破いて、赤い糸で縫い合わせたものだ。…ちょっと怖い(お父様は戦争で亡くなったらしい)。

 で、今の私は『母のない子』だ。そして思った。違う、そうじゃない。(鈴木雅之)
 誰にも愛を話せないんじゃない。母のいないような年になったら、話すような愛もありゃしないのだ。
 もうきっと恋愛などしないだろうよ。『老いらくの恋』とか言ってのぼせ上がるのは大抵男性だ(偏見)。私は乳がんの手術もして人前で服を脱ぐことも躊躇われる(まぁ躊躇わず脱ぐ人が少ないだろうが)。TVで若いイケメンを見ても『今の子は綺麗ねぇ』と思うだけで、区別がつかない。あぁ、老化。推しは大正時代を生きている🤣

 昨今は『友達親子』的な関係が多いのかな。恋の相談とか母親にするのかな。母と娘で買い物をしてる姿なんかは普通に見かける。私は全然母に言えなかった。いろいろと恥ずかしかった。失恋すると父の前でギャン泣きした。父が縁結びのお守りを買ってきた時はさすがに申し訳なく思ったもんだ。
 そういえば異性の事を話す母はあまりに生々しかった。父は「高校はブスばっか」とか「男は顔じゃねぇ」とか、小学生男子のような事しか言わなかったのに対し、
 「昔付き合ってた男、死んじゃったの」
 「恋愛は片思いの時が一番楽しいの」
 「夫婦なんて結局他人よ」
 あまりに女だ。寺山は男だ。そうだよなぁ。あの曲も所詮は男の妄想の産物なんだよなぁ。

 男女平等が進んだことで男女差が濃く浮かび上がってきてる気がする。結局別の生き物なんだ。結婚して一緒に暮らしてる人はすごいなぁ。そこに愛はあるんか❓

 なんかまとまらないまま、終わります。

star今日できたこと♪

ちょっと早く目が覚めちゃったのはなんでだろうね。暑かったからか❓ 朝からシャワー浴びてサッパリ気持ちいい。今日は鬼滅コラボ中の牛角に行くね。楽しみ過ぎて笑っちゃったよね一人で。今日はダイエットも節約も忘れて、たらふく食おう。友にドラえもんの絆創膏渡そう。でもそれは夕方だから、それまでの時間をどんな風に過ごそうかなぁ。ま、マイペースに。

favorite読んでくれた人へのメッセージ

お読みくださり有難うございます。人って一個体で、血が繋がってても何考えてるかわからないですよね。わかんないから…時にぶつかることがあったら、その関係性を愛してください。
『傷つけあうのは離れられないから/出せない手紙(V6)』家族ってその最たるもの。毒親とか色々あると思います。でも生きるしかないんだよなぁ…。応援しています。

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