「キャラ」に囚われて

こんにちは、kuaです。最近とても寒いですね。こちらは結構雪が降り、だいぶん溶けてきたので私は朝から道で転びました。

さて、今回は「キャラ」というものについて書こうと思います。これは前、Twitterでちょこっと呟いていたことでもあります。読みにくい文章だと思いますが、読んでいただけると嬉しいです。

 

「キャラ」

キャラクターの略。性格。その人の持ち味。

 

その人の持ち味。でもそれは、いつの間にやら「自分はこうじゃなきゃいけない」という考えに繋がり、その人を縛りつけているようなことがある気がします。

いつもよく笑い、よく喋りよく動く。そういう人は「元気で明るい」というキャラ。そして、悩みなんてなさそう。多少強いこと言っても気にしなさそう。周囲はそう思って接してきます。

私はそれでも構わない、むしろそこまで仲良くない人と接するときはそのキャラに守られている気がするのでそうして欲しい。でもやっぱり、信頼している人には弱音を吐きたくなることはあります。

そんな時、自分を守ってくれていたキャラは自分を縛り付けるものに変わる気がするのです。

“こんな弱音を吐くのは自分のキャラじゃない。弱音なんか吐いちゃいけないんだ” と。

そしてたまに、同じような方を見かけます。

“辛い。だけどそんなの表に出しちゃいけない。強くなきゃいけない。それが自分のキャラだから”

 

弱音を吐かない。何を言っても、嫌な顔をしない。強く言っても、思わず手が出ても、気にすることはないし謝れば「大丈夫!」と笑顔で言う。基本軽いノリで話せるけど真面目な時は真面目に話してくれる。

そんな人はきっと、付き合いやすく“良い人”なのでしょう。でもそういう人は、他人を優先するあまり自分が壊れていくことが多いように感じます。心の奥には、絶対に外に出せない暗い気持ちやモヤモヤなどが渦巻いているかもしれません。誰かに言われた一言が、ずっと心の中をめぐっていることだってあるでしょう。

 

また、こういうこともあると思います。

あまり喋ることはなく、活発に動くこともない。そういう人は「暗い、静か」といったキャラで、何となく話しかけにくい。周囲はそう思うのではないでしょうか。

でも話しかけてみれば、よく話すようになった相手にならハッキリと物も言うし、よく笑うし凄く面白い人だったりするのです。

 

 

「キャラ」

その人の持ち味。

それは周りの人が形成することも確立させていくこともあると思います。

“この人はこういう人だから”

それは本人にも分かり、それが自分のキャラ。それが自分自身。そこから外れている姿は見せられない。こんな認識を生む気がします。

 

キャラに囚われ続けたら、自分のキャラと違う部分を否定するのではないでしょうか。だからと言って、そこまで仲の良くない人にキャラとは違う部分なんて見せたくないと私は思います。

だから私は、仲の良い方々が、キャラとは違う部分も出せる人になりたいです。

 

キャラは自分自身じゃない。

あなたのキャラは、あなた自身を縛りつけていませんか?

 

 

 

 

ここまでお読みいただきありがとうございました。あくまでも中学生というガキの考えですので、こんなん違うわ!と思った方本当にすみません。

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