『言葉』って難しい

 

こんばんは。メルマガ編集長兼ライター・エディターチームの葉音です。

何だか肩書が増えると、言葉を紡ぐことが難しくなりますね。今日はちょっとシンプルに『言葉』を書いてみようかな、と思います。

 

『言葉』の大切さと怖さ

 

私は元々文章を書くことが好きで、小学生のころからずっと小説を書いてきました。小説を書いている、というと、「じゃあ見せてよ」と言われることが多いです。もちろん、嬉しくもあるのですが、怖い反面も持っています。

将来は「小説家」になることを夢見てきたのに、作文や文章、とりわけ小説を見られることに恐怖を感じてしまうのです。その想いは年々、増してきているように思います。

 

それはなぜか?というと、答えはいたって簡単で、小説は私自身だからなのです。

小説を書くとき、私はそんなに自分のことを書いているつもりはないのですが、見せたことがある少数の人には「これって葉音のことだよね?」「葉音が言いそうなことだよね」と言われます。

恥ずかしい話ですが、それを聞いて、初めて、私は小説は自分自身を示していることを知りました。それから、小説や作文、文章を書くことがもっと怖くなり、見せることも怖くなりました。そんな人間が小説家を目指している、なんて口が裂けても言えず、いつしか自分の夢を語ることもあまりしなくなりました。

でも、小説を書くこと自体はやめていないですし、こうやって文章を書き連ねている、ということは、私はやっぱり文章を書くこと、『言葉』を紡ぐことを諦めてないのだと思いました。

それは、私にとって、文章は自己表現のツールだったから、という理由もあります。

 

今ですら、話すとペラペラ話していますし、人見知りだと言うと嘘だと言われますが、以前は人と話すことがとても苦手でした。

でも、メールや手紙、文章での『言葉』のやりとりだと素直になれることに気付き、それから文章を書くことに一層のめりこんでいきました。

本もたくさん読みましたし、知識も増やしました。それは勉強した、というよりも、『言葉』に触れていたかったのだと思います。

 

大学を卒業し、文章を書く仕事を選ばなかったけれど、こうやってココトモで文章を書いているのも、副職としてライターをしているのも、メルマガを書くことになったのも、何よりも私が『言葉』を愛していて、誰かにこの想いを文章にして届けたかった、というのが一番の理由だと思います。

 

自分を知ってもらうことはやっぱり怖いです。文章で人柄が分かりますし、言葉は凶器にも救いにもなる。

それを知っているからこそ、怖いけれど、言葉を紡ぐのだと思います。

 

ココトモで文章を書くことの嬉しさ

 

ココトモでライターチームとして活動させていただくようになって、一番うれしかったことは、人との繋がりができたことです。

私の文章に興味を持って、コメントをくれる方、見てくれている方、ツイッターでからんでくれる方、ココトモハウスで話してくれる方…。

 

たくさんの繋がりができました。

そして、嬉しいことに、皆様私を褒めて下さるんです。

「優しい人柄が伝わってくる、思いやりがある、って。」

 

昔はその言葉さえも受け入れられなかったかもしれないですが、今はとてもうれしく、純粋な『言葉』だと思っています。

メルマガについても、反響がありました。

「葉音さんだって嬉しくなりました!」

「メルマガ読んで、仲良くなりたいと思いました!」

などなど。

 

私が書いた文章よりも、その『言葉』一つひとつがキラキラと輝いていて、私の宝物となっています。

 

最初に、『言葉』や小説は、私自身だと書きました。

 

でも、今は少し違います。

 

『言葉』は私自身でもあり、宝物でもあります。

皆様にとっても、そうであれるように、私はこれからも『言葉』で想いを伝えていきたいと思います。

 

読んでくださっている方、葉音という人間に関わってくださっている方、本当にありがとうございます。

 

この『言葉』が皆様にとって、大切なものになれたら良いな!

 

葉音

 

 

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