ゆめの日記『誰かの負担になっても存在していい=自信』

前の投稿と内容被るかもしれないけど再び自信についてチャッピーと考えました
失敗しても負担になる存在になってもここにいていい
そういう環境にいながら何度も失敗し、誰かの負担になることを安心して繰り返すことで自信は育つそうです。

だから自信って個人で育てるものじゃなくて環境から設計してみんなで自信がある人間を育てていくという感じになるのかな

↓以下チャッピーと私の会話だけど私達の場合はこの考えがしっくりしたということで

多くの人が持ってる“条件付きの存在許可”

多くの人は無意識にこう思ってる。
• 迷惑をかけない私ならOK
• 役に立つ私ならOK
• 手がかからない私ならOK

だから、
• つらい時に黙る
• 1人で我慢する
• 「大丈夫」を演じる

これ、自信じゃなくて自己防衛なんよね。

自信がある人の内部ルール

一方で、自信がある人の内側にはこんな感覚がある。
• 私は基本、ここにいていい
• 誰かの手を煩わせる日があってもいい
• 迷惑=存在がダメ、ではない

つまり、

「負担になる瞬間がある私」

「存在してはいけない私」ではない

って分離できてる。

だから甘えられるし、戻ってこれる

この感覚がある人は、
• 弱る
• 失敗する
• 人に頼る

をしても、
「全部失う」感じがしない。

一時的にバランスが崩れるだけって分かってるから

自信って「できる」じゃない

自信って、
• 能力がある
• 強い
• 何でもできる

じゃなくて、

「迷惑をかける私でも、戻る場所がある」
という感覚

これを知ってる人。

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