学校に行けなくても
visibility2,362 edit2025.05.13
たまには過去の話もしようと思い、書き綴りました。
私は高校生の頃、高校2年生以降クラス替えのない学校に在籍していました。高校一年生までは仲のいい友達がクラスにいたので比較的安定した高校生活でした。
ですが高校二年生でのクラス替えで、あまり馴染めず次第に学校から足が遠のいてしまいました。殆ど変化のない人間関係。
最初は無理に合わせようとしていましたが、授業中にスマートフォンを操作したり、私語が横行する雰囲気がどうしても肌に合いませんでした。特に受験期に入ってもなお、クラス全体のそのような問題行動が改まらなかったことがつらかったのを覚えています。
そこから徐々に不適応を起こし、次第に登校が苦しくなっていきました。
高校入学当初から保健室でよく休んでいましたが、保健室で休養する頻度が増え、次第に早退や欠席が増えました。高校三年生は通院していたこともあって週一回必ず早退しており、欠席・早退日数に拍車がかかりました。
ほかのクラスには友人がいたものの、クラス内で特定の友人と仲良くすることはありませんでした。あまり人と関わらず、まして学校に来ない。当たり前ですが、クラスの中で私は「いない人」となっていました。
そんな中、文化祭などの行事でクラス写真に写れなかったことが、私にとって決定的な出来事となりました。仲のいい友人がいたら私がいないことに気付いてくれたのかもしれませんね。クラスの人から忘れられてしまうということほど悲しいことはありません。
それまで何とか高校に通っていましたが、受験が早めに終わってしまうと、次第に「どうでもいい」と自暴自棄な気持ちに襲われるようになりました。更に、登校するたびに心因性の腹痛を伴うようになり、身体的にも精神的にもつらい日々が続きました。
学校に行くこと自体が、私の心と身体を蝕んでいくように思えていたのです。
私は、学校に行かなく(行けなく)なった時に周囲から遅れていく自分や、ますますクラスの中で存在を失っていくことに劣等感や恐怖を抱いていました。
そんな中で私を支えてくれたのは、「大学に進学する」という目標でした。
自分の中で興味のある学問を高校卒業後専攻しようと、高校入学の際に強く決めていました。
高校は、その通過点に過ぎない――そう考えることで、自分をなんとか保ちつつ、卒業要件をぎりぎりで満たす範囲で欠席や早退を重ねながら日々をやり過ごしました。成績に関しては学校をなおざりにしている以上、人並みのレベルにするため、必死にテスト対策や課題の提出を行いましたが、学校に行くよりもマシだと思えるくらいでした。
また、私にとって幸福だったのは、定期的に連絡をくれる友人がいたおかげで、完全に学校と断絶することがなかったことだと思います。
仲のいい隣のクラスの友人が、学校で起きたことや、課題やテストの詳細を教えてくれました。「今日もさぼったな」と軽快に笑い飛ばし、他愛のない会話を重ねた時間は、とても大切な時間だったと今では感じます。今でもよく連絡を取る、大切な友達です。
このおかげで、ある程度提出物の情報を聞き漏らすことはなかったし、人との繋がりをかろうじて持ち続けることができました。
そのつながりに、私は言い知れぬ安心とありがたさを感じていたのです。
加えて、学校を早退した時間を使って自習を続けたことも大きな支えとなりました。欠席した際は丸一日寝込んでいましたが、早退した際は最寄り駅の図書館やフリースペースに立ち寄り、本来の下校時間まで自習をしていました。
学校での学びを享受できない分、自分である程度計画を立て、自分のために努力する時間は自分を肯定するいい材料になったと思います。
といっても、専攻する学問の専門書を読んだり、面白そうだと感じた資格試験の勉強ばかりで、学校の課題はあまりやっていませんでした。ちゃんとせい!!!
…今思うといい息抜きですね。何もやらずに腐っているよりもよっぽど良い。
このような生活を繰り返す中で、「私はだめな人間なんかじゃない。環境が合わないだけで、努力する力は自分にもある」――そう実感できたとき、自分をほんの少しだけ肯定できた気がしました。
最終的に、卒業式にも参加せず、形だけの卒業証書を受け取ることで卒業しました。クラスメイトが「卒業式にすら来ないなんてありえない笑」と言っていたのを聞いて、思わず「私もそう思ってるわ!!!」と思ったのはここだけの話です。
今、私は大学に進学しました。まだ始まったばかりですが、一緒にご飯を食べるような仲の良い友人もできました。今のところ日々欠席することもなく通学できています。
持病により配慮を受けることも多々ありますが、あの頃と比べて、穏やかな環境に身を置けていることは、本当に幸運なことだと思います。
正直な表現をするなら、あの時期を「乗り越えた」というよりも、「嵐が過ぎ去った」という感覚のほうが近いのかもしれません。登校するべきだということは心のどこかで意識していたので、最後のほうは卒業する日を指折り数え続けていました。
環境が変わったことで、気づいたら呼吸が楽になっていた――そんな心持ちです。
今、自分のこの経験を通して伝えたいことは「学校に行けないこと」を責めないでほしいということです。
行けない日があったとしても、それはあなたの価値を決して損なうものではありません。学校をやめるにしても、続けるにしても、休学するにしても、どれも立派な選択だと私は思います。
私は卒業できるギリギリを貫いた狡い人間ですが、大学や新たな環境に出たとき、不登校気味だった経験はなんのハンデにもなりませんでした。経験値として、自分の中で大切にしまって、このようにいつか役に立つ時まで大切に覚えていようと思います。
あなたの居場所は一つではありません。
人間はいろいろな仮面(ペルソナ)をつけて社会になじんでいます。例えば娘、息子としての仮面や、先輩としての仮面、友人としての仮面、はたまた恋人としての仮面…みんな様々な面を持っていて、場面や必要に応じて使い分けていると思います。
もし馴染めなっかったら、一度場所や味方を変えて、仮面を付け替えてみるのもいいかもしれません。
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