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一緒に対処を考えてほしい
30代 女性

自己否定がやめられません。

visibility785 chat3 personすいむ edit2023.08.01

自分は死んだ方がいい人間だとか、人に迷惑ばかりかけていていつも嫌われて周りから人がいなくなる、みたいな思い込みを止めることができません。

毎日毎日自分で自分を罵って、人からの言葉も素直に受け止められなくて、褒められてもお世辞にしか捉えられず何かができても私にすらできる程度のことだったんだ、と事実を捻じ曲げてしまいます。

思い込みで本当はそんなことはなくて、できていることも人から褒められるようなこともたくさんあったのに、良かったことは一切受け入れられなくて卑屈に捉えてしまいます。

特に今年に入って結婚してからひどくなり、引っ越して環境が変わったせいもあると思いますが毎日余裕がなくて生きていることが苦痛でたまりません。

もともと卑屈な性格を変えたくて、一人暮らしの時はいろんな心の勉強をしていました。
自分で生活できているという充実感もあって、辛くて泣き喚くこともありましたがそれなりに幸せでした。

今はもうどうやって元気になっていたのかわからなくなりました。少しは働いていますが、生活費のほとんどを旦那のお金で賄っていることにも罪悪感や後ろめたさを感じます。

旦那はずっと一緒に居てくれると言ってくれますが、それすら受け止められません。もともと私と付き合う前は浮気性な人だったことや、私がいろんな人に裏切られてきた経験からどうせまた居なくなると思ってしまいます。

自分のこの卑屈な考え方が嫌でたまりません。私が情緒不安定なため、旦那も最近元気がなくなってきています。
どうにかしたい気持ちはありますが、どうすれば良いのかわかりません。

傷つくのが怖くて、何もしたくなくて、自己卑下に逃げているだけだと本心ではわかっています。けれどそれにしがみついていないと怖いです。変わりたいのに変わるのが怖いです。
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コメント一覧

  • refresh約2年前
    退会したユーザー
    すいむさん、はじめまして、てるといいます。

    今とってもつらい状態なんですね。

    思い込みを止めることができなくて、ずっと苦しんでいるんですね。

    思い込みっていうものは、単に思っていることではなくって、しっかりと思い込んでしまっているから思い込みって言うのだと思います。

    だから、止めようと思って止められるものではないように感じています。

    そして、何かを思うこと自体、実際のところは全て思い込みじゃないのかなって感じています。

    例えば、自分がどういう人だとか、相手がどういう人だとか、こういうことは良いことだとか、これは悪いことだとか、こうすれば幸せだとかそうでないとか、どう思おうがそれらは全て思い込みなのかもしれません。

    思うということは、頭の中で考える、イメージするということです。人によってそれぞれにいろんな考えがあり、ものごとに対するイメージを持っていて、思い込みがあるのだと思います。

    そして、すいむさんの現状は、お話を聞いた限りでは、その頭の中でのイメージ、考え以外に頼るものがあまりないのでは?と感じています。


    すいむさんも理解しているのだと思いますが、思い込みは思い込みでしかないですよね。ですが、人はいろいろと思い込んでしまう、つまり記憶を材料にして何かを評価したり判断したりすることをしてしまう。嫌でも頭がそう働いて、勝手にああだこうだと思ってしまう。

    そういう意味では、その思い込みを変えてあげれば、今と同じようには悩まないかもしれません。いわゆる考え方を変えるというやつです。

    ですが、記憶というものは、その記憶が自分自身の体験と強く結びついている場合が多く、新しい考え方を手に入れようと思ったら、体験と共に変えていく必要が多い場合があるように感じています。

    つまりは、今までの自分を否定することに挑戦する必要があるということになるのですが、多くの場合、今までさんざんに自分を否定し続けてきてそれによって苦しんでいる場合が多いので、なかなか自分を否定するような取り組みには挑戦しづらいのが現状だと思います。

    無理矢理どこかの施設にぶち込まれたり、大病を患って変化を余儀なくさせられる場合だとそういうチャンスは巡ってきやすいのかもしれませんが、耐えられなくてリタイヤする場合も少なくないように感じています。

    すいむさんの変わりたいのに変わるのが怖いっていう気持ちにどういう思いがあるのかは分かりませんが、僕も同じような思いをしながら生きてきました。

    僕の場合は、変わった先にある人生でまた同じような苦しみを得るのであれば、変わらずに今のまま逃げ続けていたかったというのがありました。それから、先ほどお話ししたように、自分の考えを否定するような取り組みがとっても苦しくて、それから逃げたいというのもありました。

    長々と話してしまいましたが、僕が感じていることは、思い込み以外に頼れるものを持てれば、思い込みは出てきても、それに負けずにやっていけるのでは?ということです。

    他の考え、思い込みに頼るという方法もありますが、それはそれでまたその思い込みによって悩み苦しむ羽目になるような気がしています。

    ですから、それ以外のものを見つけていければいいのではと感じています。

    そしてそれは、もうすでにあるもので、何かというと気持ちです。

    思い込みはどうであれ、過去の記憶がどうであれ、未来の予測がどうであれ、いつでもすいむさんには心があって、そこにはすいむさんの気持ちがあると思います。

    ずっと思い込みに頼って生きてきた人であれば、自分の気持ちが見えづらくなっていることもよくあることだと思うし、慣れないことをすぐにというのは難しいのかもしれませんが、自分自身の気持ちを大切にすることに慣れていけば、自然と思い込み以上に頼れるものになってくると感じています。

    旦那さんがすいむさんにいろいろしてくれていることは、旦那さんの自由意思による旦那さんの選択です。ですから、相手がこれだけしてくれたから自分はこうでないといけないということは全くありません。

    それに良いも悪いもありません。旦那さんが自分の考えと気持ちに沿ってそうしただけで、その結果は旦那さん個人が背負うべきものです。

    そしてそれは、旦那さんがすいむさんに信用されないということも含めてです。それは旦那さんのこれまでの行動の結果から来るものなので、それも旦那さんが背負うべきものです。

    その代わり、すいむさんはすいむさんで、そういう人に頼るという選択をしていることによる結果は自分自身で背負うべきものだと思います。

    これは何を話しているのかというと、相手に責任があるとか、自分に責任があるとかそういうお話ではなくて、どこに軸があるのかを見ていくためのお話です。

    そして、自分に軸を持っていると否定するとことが少なくなるかもというお話です。なぜかというと、ただ自分がそうであるっていうことだけが自分自身の指針になるからです。

    肯定も否定もないんです。だたそうであるだけだから。

    それでは自分の思い込みはどうなのか?

    思い込みは自分の中にあるものですが、様々な体験の記憶がベースになっていますので、過去の自分に軸があり、今の自分、実際の自分には軸がないと言えるものです。

    本当に自分に軸があると言えるものは、今のところ思いつく限りでは自分の今の気持ちなのではないのかと感じています。その上での今ある自分の考えがついてくるように感じています。

    全てそうすればいいというお話ではありませんが、今ある気持ちを大切にできれば、自然と自分に軸が戻り、肯定も否定もない、ただそうであるだけという否定のないところに立てるのではないのかなと感じています。

    旦那さんが情緒不安定になるのも、ひょっとしたら似たようなところがあって、すいむさんに軸を預けているところがあるのかもしれないなと感じました。ある意味共依存的なところがあるのかもしれませんね。


    また長々とお話してしまいましたが、短く言えば、自分の気持ちを大切にして自分に軸を持ってくる。そうすると、否定も肯定もない、ただ自分はそうであるだけ、そうであるからそうするっていうところに立てるのかなと思っていますというお話でした。

    偉そうにいろいろとお話してますが、そういう僕自身も思い込みに左右されがちで、完全に自分に軸があるとは言えず、それを少しずつ取り戻そうとしている最中です。

    これは小さい頃からの育てなおしに近いような感じだと感じていますので、少しずつ、できないこところから成長していくようにぼちぼちとやっているような感じです。

    なかなか思うようにはいかないかもしれないけれど、少しずつでもすいむさんが楽になって行ったらいいなと思っています。
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