感受性〜人の感情に共感することの危うさ〜

私は、人の気持ちに同調し過ぎるところがある。

時たま人には注意されていた。

自分をたまに苦しめてしまうから。

自分でも、深入りし過ぎだな、と思う事があった。

人の気持ちに共感するって、ココトモの悩み相談にとっては大切なこと。

でも、人の感情に同調し過ぎると自分を追い込むことも、ここ数年理解していた。

事件が起きた。自分が抱えきれないことをある友人に話したら、その友人が同調しすぎて体調を壊したのだ。

私はそれを人づてに聞いた。

人を巻き込み、人づてのその人を怒らせ、責められた。

悲しかった。

ひたすら悲しかった。

『なんで優しいあの子?!』

って、怒りをぶつけられた。

ううん、違うよ。なんか変だよ?

優しいんじゃない、抱え過ぎなんだよ。

その子と私は似ている、だからこそ私も分かる。

感受性や共感性が強過ぎる人は優しいんだけど、抱え過ぎるデメリットもあふんだよ。

それは決して長所ってわけじゃない。

それを理解しているからこそ、なぜ第三者のその子に自分が怒りをぶつけられているか疑問を感じた。

とても理解ある友達だと思っていたから、悲しかった。

共感性あり過ぎる子に相談するのが恐くなった。

その子も自分の共感性は理解しているはず。

私のこともその子のことも実は全く理解していない第三者の人に、ひたすら怒られたのは私にとって、心外だった。

この共感性の強さは、持っていない人には理解は難しい。

優しさにしか見えないから。

本当には、危うさもあって、本人が背負うこともあれば、こうして人間関係として他にも飛び火する事があるんだってことを、私は何年も前に経験があったから知っていた。

共感や同調は、時にコントロールしなければいけないんだ。

自分も苦しめるし、こうして他の人を知らず知らずのうちに傷つけることもあるから。

自分だって、うまくコントロールして、調節しなければいけない。

人の為に親身になることと、自分を破壊することのバランスを取る。

大げさだけれども、そこのさじ加減は私も学ぶべきところなんだってこと。

今回私も肝に命じることになった。

こうして人間関係に亀裂が入るんだってことも、忘れない。

人に言うのは誰かに助けを求めたりすることもあれば、誰かを傷つけることもある。

でも傷つけたり傷ついたり、経験しなければ分からないこともあるし、傷が残ったり、意外に癒えたりすることもある。

守れる人は、出来るなら手の届く限り守りたい。

そんな風に願っても、守りきれなかった時に、やっぱり絶望したくなる。

迷惑かけたくない、守りたい、悲しませたくない、そんな思いを持つことは大事で実際に出来たかどうかは、問題にしないようにしないと、心が折れてしまうから。

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