「責任」とは何だろうか・・重くて耐えられないと感じる人へ

近況報告

みなさまこんばんは。わしゅーです。

早いもので、もうすぐ4月も終わり、ゴールデンウィークに突入しましたね。ゴールデンウィークが終わると5月がはじまります。

ところで5月といえば、「5月病」という言葉があるとおり、4月から新しい生活を始めた人にとって、メンタルに注意する時期です。新しい環境は、知らず知らずにストレスになっています。4月のうちは、新しい生活リズムに慣れることで精一杯で、つねに気を張っているので、ストレスの症状が顕在化しませんが、休暇を挟んで一息つくと、一気にストレスが噴出してきて、不安が強く出たり、なんとなくやる気がなくなったり、ということがあります。

とくにGW明け、「ちょっと、いままでと違って、変だな」と感じたら、すぐに友達や、親しい人に相談してみましょう。悩みは、一人で抱えこまず、だれかと共有していくことが、とても大切です。

「責任を感じる」ということ

さて、進路の選択をしなければならない年齢や、社会で働きはじめる年齢になると、「責任」ということに悩むことが多くなります。

「自己責任」「社会人としての責任」「もう大人なんだから責任を持たないと」などなど。。

「責任」とは、いったい何でしょうか。どういう意味なのか、深く考えたことがある人は、少ないかもしれません。しかし、自分で判断して何かを決めていくことを迫られると、人は「これは自分に責任がある」ということを、肌感覚で理解していくものです。

「責任」とは、そういう、判断を迫られたときに感じるプレッシャーと、切り離せないように思います。責任は、プレッシャーであり、「感じる」ものだといえます。

「責任」とは何か

「責任」というのは、判断を迫られたときに感じるプレッシャーであるとしましょう。

ではなぜ、人間はプレッシャーを感じるのか。それはおそらく「そこで判断を誤ったら、自分のせいで、何らかの不都合が起きるから」だと思います。

責任を感じるシチュエーションで一番多いのは、「失敗したら取り返しがつかない」場面ではないでしょうか。たとえば、自分で決めたことの結果として、以下のようなことが起きてくる場合です。

  • 多額のお金が無駄になる
  • 将来のポジションが得られなくなる
  • 周囲の人に迷惑をかける
  • 失敗を咎められて叱られる

考えただけでも怖いことばかりですが、これらのことが「自分のせい」で起きるとしたら、その人が感じるプレッシャーは、だれにでも想像できるほど大きいものだと思います。

そうすると、「責任」のプレッシャーとは、すごく簡単に言えば、「失敗したら自分のせいになる」ということです。自分のせいで問題を起こしたら、自分は罰せられる。罰への恐怖がプレッシャーになるわけです。

「責任」=「罰」なのか?

「責任」=「失敗したら罰を受けること」というイメージでとらえている人は、多いのではないでしょうか。

テレビのニュース番組では、責任を問われて頭を下げたり、土下座したりしている人の姿が、ときおり放送されます。公の場で厳しく追求され、大人でも泣いてしまう人もいます。そのような映像を繰り返し見ていると、

  • 「責任」とは、失敗したら厳しく追求され、罰を与えられることである

というイメージをもってしまうかもしれません。

人間はだれしも、罰を与えられることに、強い恐怖を感じます。恐怖があまりにも大きいと、「自分は、責任というものから、一切距離を置きたい」というマインドになってしまうかもしれません。

「責任」を英語でいうと?

さて、この「責任」という言葉、英語に訳すと、何という言葉でしょうか。おそらく多くの辞書が、以下のような訳を与えると思います。

  • 責任 = responsibility

この言葉は、”response”(応答する)と、”ability”(能力)という2つの単語が組みあわさっています。直訳すれば、責任とは「応答能力」ということになります。

しかし、この英単語には、さきほど見てきた「罰」という要素がどこにもありません。

responsibilityの他にも、「責任」という意味をもつ英単語があります。

  • 責任 = commitment

この言葉には、「約束」「公約」という意味があります。もし誰かが、約束をして、それを破ったらどうなるでしょうか。おそらく、皆がその人を非難すると思います。ときには罰を与えることもある。この英単語には、「罰」という要素が、間接的に入っています。

いま感じている「責任」は、どちらの意味か?

このように、英訳を通してみると、「責任」という言葉には、2つの意味がありそうだ、ということがわかります。

  • ① responsibility(応答能力)としての責任
  • ② commitment(約束)としての責任

①のほうの「責任」は、どちらかというと、「あなたはなぜそういう判断をしたのか、説明できるか?」という感じの意味になります。ちゃんと理由が説明できるかどうか、がポイントということです。

いっぽう、②のほうの「責任」は、「あなたは自分の判断を、約束としなければいけない。もし約束を破ったら罰を受けるよ」という感じの意味になります。

では、具体的な場面を想像してみましょう。

例1)進路の選択

まず、進路の選択について考えてみましょう。あなたが「○○大学に行きたい」という判断をしたとします。この判断には、どのような責任が生じるでしょうか。

まず、親や先生には「どうして○○大学を選んだの?」と聞かれるでしょう。この場合、問われている責任は、①のほうです。判断の理由をちゃんと説明できるか、ということが問われているわけです。

では、理由を説明できたとします。そうすると、もし相手が親だったら、次はこんな言葉が出てくるでしょう。「じゃあ、○○大学を目指して努力するんだね?お金のことは心配しなくていいから、頑張ろうね。約束だよ。」

この場合に問われている責任は、②のほうです。自分の判断をしっかりと約束にして、それを果たすことが求められているわけです。

例2)仕事をまかせられる

仕事の場面を考えてみましょう。「△△の仕事をお願いしてもいい?」という質問に対して「はい、できます」と答えたとします。この発言には、どのような責任があるのでしょうか。

まず、上司には「なぜ、できると言えるの?」と聞かれると思います。この場合は、①のほうの責任が問われています。なぜ自分にできると考えたか、説明できますか?ということです。

それが納得されると、上司は次に「わかった、じゃあ任せるね。できると言ったのだから、しっかり仕事をこなしてね。約束だよ。」ここでは、②のほうの責任が問われています。

「説明」と「約束」を分けて考える

このように見てくると、「責任」は、2段階の構造をしていることがわかります。

  1. まずresponsibility(応答能力)が問われ
  2. その次にcommitment(約束)が問われる

さて人間は、将来のことが100%わかるわけではありません。だから、人間が判断する限り、100%確実ということは、どんな場合でもありません。

だから、何か判断を迫られたときに、「理由は説明できるけれど約束はできない」ということが、よくあります。①の責任は果たせるけど、②の責任は果たす自信がない、ということも、あるということです。

責任の2つの側面を、分けて考えることが重要です。「責任」が怖くてたまらないという人も、問題を2つに分けて、まず①のほうだけでも果たせないか、と考えてみましょう。そして、そのあとに②について考えるとよいでしょう。「約束は自信がない。。」と感じたら、そのことを正直に相手に伝えることも、誠実な態度です。

人間は大人になっていくと、どうしても「責任」ということは避けて通れません。責任から逃げるのではなく、責任をうまく受け流すことが必要です。とにかく責任が怖い、という人は、「責任」という言葉のもつ2つの意味を思い出してみてください。

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