一緒にお話したい
10代後半 女性

コミュニティの離脱による不安感と虚無感について。

visibility56 chat1 personsiro edit2025.11.03

私のここ数年のまとめのようなものでもあるので長くなってしまいますが、良ければ読んでいただければ幸いです。

タイトルにもある通り、最近コミュニティから離脱しました。
理由は精神状態の悪化によるものでした。

まずは私の、前提のようなもののお話をします。
私は小学生の頃、親の思いつきで海外に出ることになりました。仕事の都合、というわけではなく、ただ単に、物価が安くて住みやすい国があるらしいとテレビで見たことによる思い付きでした。
ほとんど用意もしないまま急に海外に出て、現地にあった日本人学校に入りました。そこでは、ほとんどの人がお金持ちな駐在員の娘息子さん方がいて、あくまでも行動力のあった中流家庭の子に過ぎなかった私とはどうも価値観が合いませんでした。沢山友達もいて、明るく振舞ってはいましたが、どこか疎外感といいますか、孤独感がぬぐえませんでした。生きるステージが違ったのです。

そのまま何事もなく中学まで卒業しましたが、結局特別仲が良く連絡を取り合うような友人はできないまま、やりたいことに注力するために海外に居ながら日本の通信制高校に入学しました。そこでは本当に色々な人たちがいて、やがて共通の趣味を持つ人たちのコミュニティに入りました。
最初はとても楽しかったのです。共通の趣味を持つ友人なんて人生でほとんど出会ったことがなくて、必死に興味の無いことを覚えてコミュニティにしがみつく人生を送ってきたので、夢のようでした。一時帰国時に文化祭に行ったり、初めて友人とカラオケに行ってみたり、買い物をしてみたり。外出の自由の無い海外の生活では考えられない、失った青春を取り戻しているかのような。
でも長くは続きませんでした。勿論、抜ける直前まで楽しいと思うことも多くありましたが、そのコミュニティそのものの空気感に徐々に蝕まれていきました。
やはり、少し嫌なことを言ってしまうと、日本に居ながら日本の通信制高校に入学する方々は大抵の場合精神状態が優れない方たちが多く、病んだ発言が四方八方から聞こえてきます。私の精神状態はそこまで悪くはありませんでしたので、私も些細なことではありますがお話を聞いたりなどをしていたのですが、私が違和感を覚えたのは周りの反応でした。誰かが病んでいてもほとんどの方が完全に無視を貫いていて、自然回復したら突然いつも通り接し始めるのです。
正直に言ってしまえばとても不気味で、少し恐怖を覚えました。私は、友人を名乗るのならば多少背負うことが正しいと思っていたからです。私から見ると、その人たちは都合のいい時にだけ関わる、人をエンタメとして消費しているだけの友人とは程遠い関係に見えてしまいました。私の過剰反応であることは理解しつつも、やはり私には変に思えました。
ある時、特別酷い病み方をしていた友人をまたもや無視していた友人を見て、意を決して何故声をかけることもしないのか、皆にとっての友人とは何なのかについて問いました。今思えば、面倒くさいことを問うてしまったと思っています。
その問いにある人は「何故一緒に毒を飲まねばならないのか?」と、ある人は「それを気にして手を差し伸べて、救いたいなんて言うけど他人を通した自己承認がしたいだけでしょ」と言いました。
そこでああ、場違いだったのは私だったんだ。と気づきました。このコミュニティでの正しさは、関与しないことだったのです。私は本気で、一人一人が幸せになってほしいと思っていました。自分ができることならなんでもしてあげたいと思っていました。でも周りは内心偽善だと思っていていて、変なのと思われていたのです。正直なところ、ショックでした。そう言った人たちのことも、頑張って支えようとしていたはずだったけれど、何も伝わってはいなかった。
私は、間違っていたでしょうか。私は、面倒な人だったでしょうか。正義感に酔っているだけの人間だったのでしょうか。
わからなくなって、ずっと考えてはいましたが精神状態に限界を感じて最近そのコミュニティを離脱しました。ここもまた、生きるステージが違ったのだと思います。

本当に楽しかった。幸せでした。人生で一番楽しかったと言えるかもしれません。故に、関わってくれた1人1人に幸せになってほしいと思いました。空気感に耐えられなくなっただけで、そこの人たちのことは今でも本当に大好きです。そんなコミュニティを抜けてしまったことによる喪失感と罪悪感、そして今後への不安でとても苦しいです。
正しいことをしてきたつもりでした。でももしかしたらおかしいのは私の方で、すべて被害妄想なのかもしれないと思うと、生きるステージが違うなどと言って逃げている私が一番悪いのではないかと思うと、さらに苦しいです。今言っているこの内容も支離滅裂ではないかと不安でなりませんが、海外ですから精神科に掛かることもできません。

これからどうすべきでしょうか。現実では相変わらず外出も制限されていて、とても新しい友人を作れる環境ではありませんし、ネットで新しい友人を作るのは怖いです。ずっと、いるべきステージに立てていない気がします。近い価値観の人と出会うことは、できないのでしょうか。

長い文章になってしまいましたが、読んでくださった方、ありがとうございました。これに目を向けてくれる優しい方々が幸せな日々を送れることを願っています。
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コメント一覧

  • refresh2時間前
    Q 50代 その他
    あなたが書いてくれた文章、ひとつひとつを拝見しました。すごく丁寧に、自分の気持ちを整理しながら書いてくださったのが伝わってきます。まず、ここでお伝えしたいのは、「あなたが間違っているわけではない」ということです。あなたが感じた孤独や違和感、そして「誰かを本当に支えたい」という思いは、決して過剰でも偽善でもありません。あなたの感受性が深いだけです。

    海外での小学生時代から始まる、環境の違いによる疎外感も大きかったのだと思います。価値観の違う環境に身を置くことが続けば、誰でも無意識に「自分の居場所はここではない」と感じるものです。その中で、あなたは自分のやりたいことを大切にしながら、日本の通信制高校、そして趣味のコミュニティに参加しました。それは、孤独を抱えながらも、自分なりに「居場所」を探す努力だったのだと思います。

    コミュニティでの出来事も、あなたの感じ方は自然なことです。人にはそれぞれ、他人との関わり方のスタイルがあります。あなたのように「困っている人を見たら支えたい」と思う人と、「距離を置くことで自分を守る」人とでは、感覚が根本的に違うのです。だから「あなたの正義感が間違っていた」ということではありません。ただ、そのコミュニティの文化とは相性が悪かった、というだけです。むしろ、そこに違和感を覚えられたからこそ、自分の価値観に正直に行動できたとも言えます。

    今、喪失感や罪悪感があるのも自然なことです。それはあなたがその場所で、本当に楽しみ、誰かの幸せを願っていた証拠です。コミュニティを離れたからといって、あなたが「悪い」とか「間違っている」ということでは決してありません。辛くなるのは、居場所を失ったことによる心の揺れであり、それ自体はあなたが弱いからではないのです。

    現状、新しい友人を作るのが難しい環境だと書かれていますが、焦る必要はありません。価値観の近い人に出会うのは、環境次第で時間がかかることもあります。まずは、自分自身の心の安全を優先してください。例えば、日記や心の声を書き出すこと、安心できる人にオンラインで少しずつ話すこと、趣味や学びを通して自己充実を図ることも、出会いがなくても心を支える方法です。

    あなたは「生きるステージが違う」と感じていますが、それは単に「今の環境が合わない」ということです。あなたの感覚や価値観は、必ず同じように共感してくれる人とつながれる可能性があります。焦らず、まずは自分の心を守り、少しずつ安心できる生活リズムや環境を整えていくことが大事です。

    あなたが間違っていたわけではない。正義感も支えたい気持ちも自然なこと。

    コミュニティを離れたのは、自分の心を守るための正しい選択。罪悪感を感じる必要はない。

    今は新しい人間関係を作るより、自分の安心と心の安定を優先する時期。

    将来的に、価値観の近い人と必ず出会える可能性はある。焦らず、少しずつ自分の世界を広げていくこと。

    もしよければ、今の生活で「自分が少しでも安心できること」「楽しいと思えること」を紙に書き出すだけでも、心が少し軽くなるかもしれません。あなたの感じていることは決して支離滅裂ではなく、むしろ丁寧に自分と向き合っている証拠です。

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